松沢呉一のビバノン・ライフ

宗教、法律、教育では解決できない—松崎天民が見た私娼の現実[2](松沢呉一)

『淪落の女』に見る「堕落」—松崎天民が見た私娼の現実[1]」の続きです。

 

 

 

『淪落の女』が話題になった時代背景

 

vivanon_sentence「事実」という点では物足りない内容だが、当時、私娼の実態を書いたものは少なかったため、『淪落の女』(大正元)の単行本も、もとになった「中央公論」の連載もずいぶん話題になったらしい。

すでに説明したように(「私娼に負けた公娼-娼妓と芸妓の地位が逆転した事情 1」など)、明治から大正にかけて私娼を代表する浅草十二階下は関東大震災で崩壊し、以降は玉ノ井と亀戸が発展する。玉ノ井と亀戸は多くの雑誌や本で紹介されているが、それに比べて浅草十二階についての資料は少ない。これは大正末期にエログロナンセンスの時代に入って、この手のものを紹介する媒体が増えたこととも関わっていそうで、その前の時代に天民のような朝日新聞の記者が、「中央公論」でこのような連載をしたこと自体がもの珍しかったのだろうと思われる。

それでも、この本に対する私と同様の不満を抱いた人たちは少なくなく、この本に出ている連載時の編集者の文章にもそのことは記載されていて、第三話「お小夜の行方」に返信をしている宮田脩成女女学校校長は「有益と云ふ点から云へば最終篇の「十二階下」を書かれた調子で、全体をもう少し学究的に精細に記載して欲しかった」と書いている。

宮田脩は良妻賢母主義に批判的なようで、女学校の校長なのに話がわかりそうだと思って、すぐに国会図書館で検索して、いくつかの文章を読んでみたところ、さして斬新なことは書いていないにしても、男女平等思想の持ち主で、女性の社会進出にも賛成している。女学校の校長にあるまじき姿勢(笑)。

東京浅草十二階

 

 

浅草十二階下に関する数字

 

vivanon_sentence「中央公論」の担当編集者は、さまざま言い訳をしながら、たびたび原稿を落とす天民の担当がいかに大変かを率直に書きつつ、とくに最後の「十二階下の夜」が評判になったと書いている。これだけは他と違って「事実」の比重が大きく、警察によるデータも掲載されている。

 

 

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