松沢呉一のビバノン・ライフ

売春婦の元締めはユダヤ人だった?—ナチスはなぜ売春婦を抹殺しようとしたのか[1]-(松沢呉一)

ここまでのナチス・シリーズ「ヘンリー・フォードとナチス」「日本におけるヒトラーの評価」「ポグロムから学んだこと」とは直接はつながってません。それぞれ独立したものとしてお読みいただけます。

 

 

マルキストはユダヤ支配下にあったという妄想

 

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ヒトラーが強制収容所に送って虐殺したのは圧倒的にユダヤ人が多かったのですが、ジプシー、同性愛者、精神障害者、共産主義者、社会主義者、売春婦なども含まれていたことが知られています。

ユダヤ人に限らず、こういった人々を抹殺する論拠について『我が闘争』にはこう書かれています。

 

 

(略)深い社会的責任感を以て人生の進歩発展のためにもっと立派な基礎を打ち建てるべきで、悪性の邪魔者はこれを容赦なく排除しなければならぬ。非国家的な労働者は断乎これを取締るべきである。

自然は既成のものを維持するよりも、種の相続者たるべき未成のものを養育することに努める。人間の社会に於ても同じことで、既に悪に染ったものを強ひて良くしようとしても、それは人間の資性からいって九分九厘まで出来ないことであるから、寧ろ来るべきもののために健実な発展を保証しておいてやる方が大切である。

凡そ慈善は滑稽で無益な夢想である。社会運動は慈善運動ではない。人間が堕落し、又は少くとも堕落に誘はれるのは経済生活や文化生活の組織の根底に欠陥があるからで、社会運動の使命はこの欠陥を除去することでなければならない。

 

 

ヒトラーの言うことを「正しい」とはしにくいですが、慈善活動の評価は正しい。社会を変えることをせずに、堕落を哀れんで救済しても解決はしない。この辺は社会主義者らの主張をもってきているのではないかと想像します。お得意のコピペです。

しかし、共産主義や社会主義、さらには個人主義、自由主義は国家社会主義の敵とします。ただその思想が社会の敵であると認識されただけでなく、それらの背景にはユダヤの思惑を体現する人々がいるという思い込みがありました。

ヒトラーはこれをどこまで本気で言っていたのかわからないところがあるのですが、ここではヒトラーが表向き書き残したこと、発言していたことに基づいて、そう信じていたのだとしましょう。

カール・マルクスやレフ・トロツキー、ローザ・ルクセンブルクなど、左翼思想家、活動家にはユダヤ人が多かったのは事実。とくにユダヤ人であることがその思想に関係していない人たちもいるでしょうが、虐げられた者たちが社会を変革しようと考えるのは自然なことであって、彼らがロスチャイルドなどユダヤ財閥と裏でつながって、世界支配のためにともに陰謀をめぐらせていたとはとうてい思えません。

しかし、ナチスでは大真面目でそんなことが信じられていました。

Wikipediaよりローザ・ルクセンブルク。死してなおナチスに嫌悪されてました。学生時代に評伝を買ったけど、読んでない。

 

 

売春業の背後にもユダヤがいた?

 

vivanon_sentenceそして、売春婦も同じだったのです。

以下は『我が闘争』より。

 

 

南フランスの港町は別であるが、その他では、売春や少女売買とユダヤ人との関係を研究するのにウィーンほど都合のよい都会は西ヨーロッパの何所にもないやうに思ふ。夜分にレオポルド町の通りや辻を歩いてゐると、誰でも殆ど一足毎に、否でも誰でも奇妙な光景にぶつつ(ママ)かる。ウィーンがこんな状態であらうとはドイツ国民の大部分が従来少しも気付かずにゐたところで、世界大戦に於て東部戦線の兵士が偶、類似の光景に接する至って、否、接せざるを得ざるに至って初めてそれと知ったのである。

売春は芥屑のやうな人間のすることで、まことに憎むべき悪業であるが、而もこれが元締をしてゐるものは恥を知らず、氷の如く冷酷で、抜目のないユダヤ人であった。初めてさうと知ったときに自分は背筋に悪寒の走るのを覚えた。

やがて、自分は燃えるやうな怒を感じた。

それからといふものは、自分はユダヤ人問題の研究を避けようとせず、寧ろ進んでするやうになったが、文化や芸術のあらゆる方面で丹念にユダヤ人の有無を調べてみてゐると、殆んど夢にも思はれなかった所で不意にユダヤ人に衝き当ったのである。

社会民主党の指導者はユダヤ人であった。これを知った時に、自分は初めて目が覚めたやうに思った。長い間旨の底にわだかまってゐた感情と理性との葛藤もここに終りを告げたのである。

 

 

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