松沢呉一のビバノン・ライフ

エドワード・ベラミー著『百年後の社会』をどう読むか—安部磯雄の信仰と社会主義[2](松沢呉一)

クリスチャンにして社会主義者—安部磯雄の信仰と社会主義[1]」の続きです。

 

 

 

エドワード・ベラミー著『百年後の社会』

 

vivanon_sentence安部磯雄が社会主義者になる決意をしたきっかけは一冊の本であった。長くなるが、『社会主義者となるまで』のこの部分を引用する。

 

 

ニューヨークには一千以上の社会事業が行はれて居る。ロンドンの社会事業は其数に於て遥かに優って居ると聞いて居る。然も社会事業の数は年々増加しつつあるといふではないか。これでは社会事業によりて社会の貧乏を根絶するとふうことは永久に不可能なことではないか。これが其当時に於ける私の感想であった。私は基督教の人道主義によりて将来社会主義者となるべき素地を与へられて居た。然るに今や社会事業が貧乏撲滅の方法として不充分であることを覚った。私は最早一歩で社会主義の領土に踏み入るといふ所まで進んで居たのだ。丁度其時私は偶然にもベラミーの小説ルッキング・バックヲードを読んだ。私はハッと驚いた。恰も盲者の目が開いて天日を仰いだ如く、私はハッキリと社会問題解決の方法を会得することが出来た。私が明治二十年岡山教会に招かれた時宣教師は既にこの小説を読んで居たと見へ、実に面白い書物だと話したことがあった。若し私が其れを読んで居たならば、私の疑問は其時既に解決されて居たに相違ない。私は同志社卒業以来殆んど十年間社会問題の解決に苦心して居たが、幸にして其目的を達することが出来た。ベラミーの著書は小説といふ型を借りて社会主義の主張を簡単明瞭に説明したものである。小説の組立を概説すれば、一人の青年が地下室に眠って居る間に火災が起り、彼は不思議にも助かって、殆ど百年間眠り続ける。彼が醒めて地下室を出た時には社会は既に社会主義的に組織されて居る。小説の大部分は十九世紀に属する其青年と二十世紀に住める人との対話である。私が此小説を読んだのは三十八年前で、其後一度もこれを読んだことはないけれども、今尚ほ明瞭に記憶して居る点がある。著者は現代社会の矛盾を指摘して次の如きことを言って居る。「現社会は恰も大なる車を曳いて坂を上るが如きである。多数の人々は汗を流して懸命に車を曳いて居るが、車上に居る少数の人々は自分が重荷となって居ることには少しも気が付いて居ないが如く談笑したり飲食して居る。更に不思議に堪へないことは、車が悪路のために激動でもすれば、車上の人が墜落することもあるが、比ドサクサ紛れに今まで車を曳いて居たものが車上に飛び上がることもある。すると今までの苦しみは全く忘れて冷し顔で談笑するやうになる。若し車を曳く者が石に躓(つまづいて怪我でもいると、車上の人は時々絆創膏や包帯など投げ与へる)。実に皮肉な比喩である。今一つは次のやうなことだ。「十九世紀の人々は雨が降ると各傘を用ひたものだが、これでは混在の際互いの雨滴(あまだれ)が衣服を濡らすことになる。然し二十世紀は一都市に一本の傘で間に合ふことにして居る。それは雨天の時凡ての人道の上に天幕を張るやうな仕組になって居るからである。」これは個人主義と社会主義の区別を如何にも巧妙に説明したものである。

 

※Looking Backwardはさまざまな版が出ているが、おそらくこれが初版。Wikipediaより

 

 

1887年に見た2000年の世界

 

vivanon_sentenceベラミーというのはエドワード・ベラミー。「Looking Backward」は1888年に出版されて(小説の設定ではその前年の1887年が始まり)、ベストセラーになった小説で、『百年後の社会』(明治三六年)というタイトルで邦訳も出ている。

国会図書館のサイトで読んでみたのだが、安部磯雄が紹介している通りの内容であった。一回読んだだけでよく覚えているものだ。なんでもかんでもすぐに忘れる私の方がどうかしているのかもしれないが、安部磯雄にとってはそれだけ強烈な印象を残したのであろう。

時代を超えたラブロマンスが物語を成立させているのだが、記述のほとんどは、未来社会の制度を2000年の人に説明してもらったり、実際にどういう仕組みで社会が動いているのかを見物して回ったりに費やされており、それこそがこの小説の読みどころであり、話題になった点である。

「オチはそれかよ」とガックリするのだが、物語としての面白さではなく、未来社会の面白さなので、オチはたいして問題ではない。とわかっていてもガックリしたけれど。

なお、この邦訳では原名のままだとわかりにくいため、ジュリアン・ウエストは西重連、ソーヤーは庄兵衛、トレモント・ストリートは鳥門町と日本風の固有名詞になっているのも見所。というほどではないか。

 

 

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