松沢呉一のビバノン・ライフ

私には罪はない—ブルンヒルデ・ポムゼルが残した言葉[1]-(松沢呉一)

ヒトラーはドイツ国民をも殲滅しようとしていた—『アドルフ・ヒトラー五つの肖像』より[7]」から、うっすら続いてます。

 

 

 

106歳まで生きたゲッベルスの秘書

 

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銭湯に行く前に本屋に立ち寄ったら、ブルンヒルデ・ポムゼル /トーレ・D. ハンゼン著ゲッベルスと私──ナチ宣伝相秘書の独白』という本がありまして、後回しにしていたゲッベルスの評伝をちょうど読み始めたところだったので、「なんだ、この本は」と手にしました。ブルンヒルデ・ポムゼルはゲッベルスの秘書をやっていた人の名前。トーレ・D. ハンゼンはこの本をまとめ、長い長い解説を書いている人です。

本を手にして、表紙に使われたブルンヒルデ・ポムゼルの顔を見て思い出しました。この人が亡くなった時に記事を読んでました。

 

 

2017年1月31日付CNN「ナチス宣伝相の女性秘書、106歳で死去 極右主義に警鐘

 

 

これを読んだ時の私はナチスのことをさしてわかっていなかったのですけど、ナチスに興味がなかったわけでもない。あるいは「えー、ゲッベルスの隠し子が生きていたというならまだわかるけど、秘書がまだ生きていたのか! 死んだけど」って程度の興味でクリックしたのかもしれない。

この記事を読んだら、なんともイヤな後味が残りました。

以下の部分。

 

 

ポムゼルさんは昨年、ドキュメンタリー映画の中で初めてナチスでの日々を振り返り、自分に罪があるとは思わないと述べていた。「ナチスに権力を握らせたからといってドイツの国民全体を責めるなら別。それは私を含めた全員のことだ」とも語った。

ポムゼルさんはまた、現代の人々が当時を振り返り、ドイツ市民はナチスの犯罪を止める努力をするべきだったと批判する風潮に異議を唱えた。

自分なら当時迫害されていたユダヤ人にもっと手を貸しただろうと主張する声に対し、「心から言っているとは思うが、実際にはできなかったはず。当時は国全体がある種のドームに覆われていた。私たち自身も全員、巨大な収容所の中にいた」と指摘した。

 

 

興味がなかったわけではなくても、ナチスに関する理解があったわけではないので、そのイヤな後味の意味を突き詰めることなく、ただもう「なんだろな、この人」で止まってしまいました。

 

 

理解が進むと読み方が変わる

 

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あれから2年経って、もう一度この記事を読み直すと、印象が少し違います。

前に読んだ時には、ヨーゼフ・ゲッベルスはナチスのど真ん中にいた人だと認識していて、その認識は間違ってはいないのですが、今はもっと理解が進んでいます。

ゲッベルスは1938年に愛人問題でヒトラーからの信頼を失っていて、ナチス内での立場も悪くなってます。失脚とまでは言わないですが、以降はいくらか孤立していた感じがあります。しかし、敗戦が決定的になって皆がヒトラーから離れていく中、ゲッベルスはヒトラーに最後までつきあって、自身の子どもと妻を殺して自害しています。最後の最後でヒトラーに対する忠誠心を明らかにして、しかも愛人ではなく妻子を道連れにして失地回復ってわけです。

それまでは真綿で首を絞めるようにジワジワと進めてきたユダヤ迫害の決定的な転機となった「水晶の夜」を煽動したのはゲッベルスですが、絶滅収容所については関与してないでしょう。セクション違いです。そちらを進行したヒムラーとは性格も合わず、互いの仕事内容を語り合うような関係ではなかったかと推測します。その辺も評伝を読み進むと出てくるはず。

ゲッベルスが絶滅収容所のことを知っていたことを証明する記録はなく、それでもゲッベルスはナチスがやっていることの全体を知る立場にはありましたから、収容所で何が起きているのかも知ってはいたと思いますが、彼がもっとも力を入れていたのは映画制作やラジオ放送、退廃芸術の追放などの大衆向けプロパガンダであり、とくに好きだったのは映画ですから(その例は「ヒトラーの演説に人々が熱狂したのは言葉ではない—『アドルフ・ヒトラー五つの肖像』より[2]」参照)、秘書の仕事ももっぱらそれらのサポートだったはず。

当然、ポムゼルは「水晶の夜」のこと、ゲッベルスが関わった反ユダヤの映画のことは知っていたでしょうし、もし絶滅収容所のことも知ろうと思えば、一般の国民よりも正確に知ることができる立場ではあったでしょうけど、多くの国民と同様知ろうとはしなかったとしてもおかしくない。それを知ったところでどうにもできない。仕事を失いたくもない。それでも責任はあると思います。

 

 

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