松沢呉一のビバノン・ライフ

レームを首領とする同性愛派閥を擁護したヒトラー—ナチスと同性愛[2]-(松沢呉一)

ドイツ刑法175条とナチス内同性愛者派閥—ナチスと同性愛[1]」の続きです。

 

 

 

レームとカール=ギュンター・ハイムゾート

 

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エルンスト・レームは、同性愛者であることとは関係がなく、ヒトラーとの確執もあってナチスを辞め、1928年、ボリビアに渡り、軍事顧問をやっているのですが、この時には同性愛の同志である医師カール=ギュンター・ハイムゾート(Karl-Günther Heimsoth)にボリビアでの性生活の不満について手紙を送っています。

ドイツと違って遊ぶ場がなく、かつその行動を誰も諌めることができなかったためにやり放題だったナチスとは違うのだと。寂しさを紛らわせるため、ハイムゾートが所有している写真のコレクションを送ってくれとも頼んでいます。当時はなんつってもマニアはエロ写真が宝です。

お気楽ですが、これがのちのち大きな問題を引き起こします。

カール=ギュンター・ハイムゾートは不思議な人物です。1899年生まれですから、1887年生まれのレームより一回り下。医大に在学中から医学および心理学的アプローチによって同性愛をテーマにしていました。

「同性愛者であることを隠したことがない」とされるレームではあっても、公けにできる時代ではなかったわけですが、ハイムゾートは、レームの著書『Geschichte eines Hochverräters(裏切り者の歴史)』を読んで、同性愛者であることを見抜いて手紙を出したことから交流が始まってます(右はその本の扉。どこでどうしてわかったのか読み解きたい。ネットで全ページ公開されていますが、当然ドイツ語です。扉には1930とありますが、この次のページに1928とあって、初版はボリビアに行く前に出されたものだと思われます)。

ハイムゾートはマグヌス・ヒルシュフェルトによる「科学人道委員会」(後述)にいたこともあり、レームに近づいたのは、同性愛禁止を定めた刑法175条撤廃のために、レームが力になると考えてのこと。レームも刑法175条撤廃に同意をしていたのですが、ハイリゾームはもともと反ユダヤの考え方が強く、レームとの交遊が始まってから、ナチスの党員になってます。

さらにそのあとは共産党に入党しています。彼は占星術もやっていて、それで決定しているのかなんなのか、フラフラしやがって信用がならないと思ってしまうのですが、共産党員からナチス支持になった人たちもいましたし、ニーメラーのように抵抗運動をやった人たちの中にはもともとナチス支持だった、または党員だったという人たちが珍しくありません。とくにハイムゾートのように反ユダヤの考え方をしている人であれば、ナチスを支持することの抵抗は薄かったでしょう。たいていのドイツ人がそうだったわけですが。

 

 

ヒトラーは党内同性愛者を擁護

 

vivanon_sentenceレームはヒトラーに呼び戻されて、1930年に帰国し、ナチスに復帰、これ以降もヒトラーに対して、レーム一派の不品行についての進言がなされているのですが、1931年ヒトラーは明快に彼らを擁護する声明を出しています。

以下は『ナチ・ドイツ清潔な帝国』より。

 

 

SA最高指導部には、SA指導者および隊員に対し、とりわけそれら個人の私生活についての攻撃を内容とする数々の報告や告発が出されている。

調査の結果、それらはほとんどがSA職務の完全な圏外にあることがらに関するものであることが判明した。多くの場合、政治的もしくは個人的敵対者の攻撃がそのまま取り上げられているにすぎない。

SA最高指導者ならびに上級指導者は、純粋に指摘な領域に属すこれらの問題に対して決定を下すべく求められているが、わたしはこの要求を根本的にかつ断乎として拒否する。

自由のための闘いに必要な貴重な時間がむだになることは言わないにしても、わたしはSAが特定の政治目的のための団体であることを確言せねばならない。SAはお嬢様方を教育する道徳機関ではなく、荒けずりの戦士の団体なのである。調査の目的は、SA指導者もしくは隊員がSAにおいてその職務をまっとうしているのか否かを確かめること以外であってはならない。私生活が考慮の対象となりうるのは、それが国民社会主義思想の基本原則に反している場合のみである。

 

 

ヒトラーが「自由のための闘い」と言っているのが笑止ですが、よくこういうフレーズは使ってます。

表面的には同性愛のことを指しているのかどうかわからないですが、私生活の行動において、わざわざ告発するとなれば、法で禁止されている同性愛か獣姦です。ゲッベルスやハイドリヒを筆頭に、ヤリチンはナチスでは問題にならないですから。

それに対してヒトラーは全面擁護です。正確には擁護したのではなく、「関知しない」ということですが、擁護と言っていいでしょう。

レームとの友情なり信頼感なりを優先させて、レームという個人を擁護する意図もあったでしょう。そうしないと、レームをボリビアから呼び戻した自分の責任にもなります。

しかし、それだけとは思いにくい。

 

Wikipediaより、ヒトラーとレーム

 

 

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