米兵への憧れが動機だった—『街娼 実態とその手記』を検討する[2]-[ビバノン循環湯 512] (松沢呉一)
「京都で行われた街娼調査—『街娼 実態とその手記』を検討する[1]」の続きです。
そこにあったのは米兵たちへの憧れだった
前回見た手記のあと74名分の口述書と調書が出ているのですが、こちらも同様に、厳密にはパンパンではない女たち、売春していない女たちが相当数含まれています。そういった例も取り上げつつ、当時の女たちの事情、環境を見ていくことにしましょう。文章がところどころおかしいですが、こういう質のものですから、そのままにしておきます。
パンパンではなくても、多くの女性らがEさん同様に、しばしば米兵に対する憧れを口にしています。
Fさん(19歳)の口述書にはこうあります。
[実父は官吏で、生活はらくの(ママ)方です。/養父は、某会社の社員をしておりましたし、東山の家は塀のめぐらされている家で生活は豊かです(彼女は幼い時に養女になっている)。養父は優しい人ですが、養母は大へん厳格で、私にこまかに干渉しました。(略)K女学校に入学しましたが、放課後フットボールなどして遊んで帰ると叱られました][戦争中F学徒動員でS工場へ通勤しましたが、途中同じく動員されている中学生などと電車の中で話したこともありますが、そのくらいのことを、友人が養母に告げたらしく、私はヒドク叱られ、叩かれました]
これを契機に退学をして家出をしますが、間もなく親に連れ戻されます。
[そのとき、京都にも◯◯◯がきて、ダンスホールがひらかれていましたので、ホールへ出て働きたいと言い出したら、家ではソンなことはいかぬと云って許してくれません]
終戦直後のことなので、たぶんこのダンスホールはRAAの施設でしょう。売春前提ではない施設もありましたが、厳しい親が許すようなものではありません。
[あるとき三条で、K女学校を同じとき退学した友人に会いました、その友人は私とは別の理由で退学したのですが、もう◯◯と交際していました。私はその友人の家に二タ晩泊まりましたが、もうお金もなくなっていたし、その友人は◯◯◯◯の◯◯(「アメリカの軍人」でしょうか)にあこがれていましたし、私も◯◯にあこがれておりましたので、私に◯◯を紹介してくれました。その◯◯は大久保にいるのでした。二人で夜、円山公園に遊びに行って、そのとき、芝生の上で◯◯と関係しました]
これが初体験ですが、[男っていやらしいことをするものだなァ]という程度の感想です。金がなかったことも動機のひとつにはなっていますが、家を出なければよかっただけのことですから、貧困のため、生活のためというのとはちょっと違います。
※WILLIAM GOLDMAN Untitled, 1892 – 1900
社会の意識より先んじていた
この例のように、憧れたり、面白そうだと思ったり、単純な恋愛感情から米兵とセックスして、それがきっかけになって恋人になり、オンリーになり、売春生活に入るのが多いことに気づきます。
戦時、鬼畜であった米兵たちに対する一般の日本人の憎しみは戦後も変わらず、我が物顔で日本を占領し、時には乱暴狼藉を働くこともあったがために、いよいよ恐怖や憎悪の対象になったところもあるわけですが、若い女たちはその後の日本人の多くが共有することになるアメリカへの憧れをいち早く取り入れていたのです。
しばしばこの時代のものには「キャンディ一個で売春をする」なんて話が出ていて、「そのくらいに物資に困っていた」「そのくらいに貞操観念が壊れていた」という主張に使われるのですが。憧れの相手ですから、なにもなくていいのです。余録として物や金をもらえれば嬉しいってだけ。
Fさんは、この米兵のオンリーになることはせず、こういった行状が親にバレて家を出ることになり、それからは売春生活に入ってて、パンパンをやったりオンリーをやったり、ちょっとだけ酌婦もやったり。これまでに五百人の客をとり、梅毒にも既に感染しており、これが16回目の検挙になります。
それでもあっけらかんとしていることには驚きます。これが警察に検挙された人の言葉であることを皆さんお忘れないように。
※Courtesy Serge Sorokko Gallery/Glitterati Editions
チョコレートなどをたくさん貰ったので嬉しかった
以下はGさん(18歳)の口述書から。
[桃山の方へ遊びに行くと若い女の人がいい洋服を着て、◯◯◯◯(「米軍基地」か基地名でしょう)の◯◯と歩ているのを見て、私もそうしたいと思いました。しかし英語ができないので、継母にかくれて英語の会話を勉強しに一カ月通いました]
彼女は継母と気が合わないために一人暮らしを始め、米兵のオンリーをやっている女性と知り合って、彼女も米兵を紹介してもらうのですが、セックスをする直前まで金や物をもらえることを知らずにいました。ただもうしたかったのです。しかし、いざやってみたら痛くて辛いだけでした。
[こんなことはいやだと思いましたが、チョコレートなどをたくさん貰ったので嬉しかった]
素直です。これ以降もその相手とは付き合っています。これなどは売春というよりも、今現在、男がメシ代やホテル代を出し、あれやこれやとプレゼントするのと同じです。ただ、圧倒的な経済力の差があったがために、その「報酬」が法外で、それで生活できただけです。
数字で確かめる
では、今度は、このような意識を数値で確かめてみましょう。この本、何がなんだかわからないところがありまして、集計が違うらしきデータが複数出ていて、そのひとつを使用します。
※『闇の女たち』の531ページから533ページと重複している部分をカットしてます。
(残り 2143文字/全文: 4534文字)
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