松沢呉一のビバノン・ライフ

知らないことには責任がないという論理—ブルンヒルデ・ポムゼルが残した言葉[4]-(松沢呉一)

ユダヤ系の恋人がいた—ブルンヒルデ・ポムゼルが残した言葉[3]」の続きです。

 

 

 

ナチスを支持していたわけではない党員

 

vivanon_sentence前回見た「秘書とゲッベルスの遠い距離」はブルンヒルデ・ポムゼル自身が述べていることなのですが、その記述が詳細であることが気になります。いちいち「車は別」「取り巻きがいて」と説明しています。現にそうであったにしても、一貫して彼女は自分には責任がないのだとの方向で語っているところが目立つのです。

これについては本書の解説でも指摘されていて、実際にはここまで無垢なのではなく、本当は知っていたのに知らないふりをしているのか、その当時も知ろうと思えば知ることができたのに、知ろうとしなかったのではないかとの疑問が提示されています。

ただ、彼女が積極的にナチスを支持していたわけではないことは間違いなさそうです。戦後、戦争責任を問う際に、ナチスの党員だったのか否かが重要な意味を持ちます。あれだけ宣伝に協力しながら、レニ・リーフェンシュタールが公的な責任を問われなかったのは党員ではなかったことも一因になってます。

対してポムゼルはナチスの党員ですが、これは国営放送局に入る時に、紹介者にそうした方がいいと言われて入党したものです。国営放送はナチスの支配下にあったためです。ここから宣伝省に移ったのは半ば命令であって、この異動はほとんど内部の異動に近い。

それを裏づけるように、ヒトラー・ユーゲントの女子版であるドイツ女子同盟にも彼女は入ってません。全員が強制入会になった頃には、彼女はすでに年齢にひっかからなくなっていたのだと思うのですが、自由参加の時代にはまったく興味がなく、女子同盟のスカートを格好悪いと感じ、皆が同じ制服を着ることも、行進するのも嫌いだったと言ってます。ナチスの思想が嫌いなのではなく、スカートが嫌い。

ゲッベルスの演説を見た時に、ふだんの紳士的なゲッベルスと違うことに当惑し、それに熱狂する人々にも、演説が人々を熱狂させることにも当惑しています。

だからと言ってナチスに批判的だったわけでもないのですが、好意的にとらえていたことも記述しつつ、「興味がなかった」とまとめていいでしょう。

「興味がなかった」の程度については誇張されている可能性はなおあるとしても。彼女はナチスへの思い入れは決して強くはないことは間違いなさそうです。彼女が仕事に見出していた価値はナチスの思想にあったのではなく、待遇や体裁だけでした。

※ヒトラーの秘書の本は読まなくていいかと思っていたのですが、ポムゼルとの比較のために読むしかないかと思ってます。

 

 

ポムゼルが自分には罪はない、責任はないと言い切る根拠

 

vivanon_sentence宣伝省で働いていたにもかかわらず、ブルンヒルデ・ポムゼルは、ナチスに限らず、政治にまったくの無知であり、無関心。この無関心さは、今の時代に「無関心」という以上に無関心で、宣伝省で働いたのもなりゆきであり、給与がよく、なおかつエリート意識をちょっと満足させられる仕事として従事していただけで、それ以上のものではない。

直接目にすることのなかったヒトラーの話はほとんど出てきません。もちろん、どこかの段階で買わされてましょうが、『我が闘争』は読んでないでしょう。党員になる時に党の綱領は渡されているかもしれないですが、きっとこれも読んでません。

今になって語ることはあれども、あの時代においては視野が極端に狭くて、目に見えるものしか見ていない。ゲッベルスに関しても、爪がきれいだの、背広の仕立てがよかっただの、びっこだのといったことしか触れていない。「ゲッベルスの秘書」ということから期待される「誰も知らなかったゲッベルスの素顔」なんて話は全然出てこない。日曜日に出勤する際には、ゲッベルスの子どもが遊びに来ていることがあって、その様子が「知られざる秘話」に該当するかもしれないくらい。

これは彼女だけではなく、この時代の女たちはこんなもんだったとも思います。日本でも女たちは政治から遠ざけられていましたから、仕事をもっていても、政治に関心を持つ発想もないし、どう関心を持っていいのかもわからない。下手に関心を抱くと、男にも女にも疎んじられるだけです。

これはまた別シリーズで見ていきますが、ヴァイマル共和国の時代に婦人参政権が実現しています。しかし、女たちは、人民党や中央党など保守政党に投票する傾向が強かったのでした。人民党は保守系右派であり、ナチス独裁にも力を貸した党です。中央党はカトリック系です。

積極的にそれらを支持していたというより、深く考えないまま、保守的な選択をしてしまっていたのだろうと思います。このことは女たちが強くナチスを支持したこととも通じます。難しいことは考えない。数字を検討することもしない。綱領なんて読まない。本も読まない。

 

 

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