松沢呉一のビバノン・ライフ

危険なのは、複雑な問題に簡単な答えを求める人間だ—ブルンヒルデ・ポムゼルが残した言葉[10](最終回)-(松沢呉一)

歴史を検証することは我が身を検証すること—ブルンヒルデ・ポムゼルが残した言葉[9]」の続きです。

 

 

 

遠い敵への批判では済まなくなる時

 

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ナチス政権下の抵抗運動について読むと、まず闘わなければならないのは近隣の人であり、会社の同僚であり、時には友人、家族であったことがわかります。いたるところに敵がいる。

これがナチスの時代です。「独裁者+軍部」vs.「民衆」という構図にはなっていなくて、「独裁者+民衆」vs.「ほんの一部の抵抗者」という構図でした。

この構図の元では、国軍内の反ヒトラー勢力は、「ほんの一部の抵抗者」に位置づけられます。国軍の内部では繰り返しヒトラー暗殺計画やクーデター計画が練られているのですが、そのほとんどが頓挫していることの一因は、大多数の国民がヒトラー側についていたことにあります。民衆の支持のない暗殺やクーデターはただの謀反であり、売国奴と見なされかねない。民衆がヒトラーを守ったのです。

こういう状況では、抵抗者たちは自分たちの方こそ間違っているのではないかとの不安にも襲われる。皆で集まって集会やデモをすることでそれを確認することなんてできやしない。

それでも抵抗をする。気を緩めると密告され、自身も強制収容所に送られる(抵抗運動をした人の最大の活動はユダヤ人救援で、占領下の地域では即刻処刑されることもあったのに対し、ドイツ国内ではそれだけで処刑されることはなかったようです。しかし、強制収容所に送られた人たちはいます。この強制収容所は絶滅収容所ではなく、通常の強制収容所だと思われます)。

ある段階に至ると、ナチスとの闘いは日常から始まり、「私」がない限りはできない。だから、多くの人は闘えない。「集団と私」がイコールであるブルンヒルデ・ポムゼルのような人には絶対にできない。

「そうなった時に闘えるのか」と問うた時に、「闘える」と言えるのは、そのリアリティが欠落しているためだったりしそうです。

From the film footage, “Here is Germany,” a still image of American soldiers burning Nazi insignia as part of the denazification program. 映画「ゲッベルスと私」の予告編にも出てくるシーンですが、戦後、denazification(脱ナチズム)の動きの中で、占領軍はハーケンクロイツのついたものを消却処分に。これはいいとしても、出版物については日本における占領軍よりもずっと厳しかったことがちょっと気になります。これについてはまた改めて。

 

 

仲間内への批判をためらう自分を克服するところから始める

 

vivanon_sentence遠い存在に我々は冷淡です。知識がなく、関心もないからです。批判することも簡単です。罵倒だってお茶の子さいさい。

しかし、近い存在に対しては同情し、理解しようとする。また、関係を悪くしないために、あるいは自分の立場を悪くしないために、批判すべき点があっても批判しない。もしくは批判すべき点が批判すべきと思えなくなる。

こうして人間関係ができているところ、仕事になっているところでの批判は控えるようになります。いい給料をもらって、いい気分で働けている職場をポムゼルは失いたくなかったように、仕事や人間関係を失いたくない。そういうところは冷淡な私ですが、それでもそうなることは否定できません。

どうしても人はそういうふうにできていて、「味方」と認識している人がやると容認し、「敵」と認識している人がやるとすかさず糾弾する。この二重規範から「私」の放棄が始まっています。そして、ナチスは「私」の放棄から始まってます。

その克服から始めるしかないでしょう。

※YouTube「Berlin and Potsdam 1945 – aftermath (HD 1080p color footage)」より、赤軍によって陥落したベルリン

 

 

複雑な問題に簡単な答えを求めることの危険

 

vivanon_sentenceトーレ・D. ハンゼンが書くことのすべてを消化できているわけではないし、そのすべてに合意するわけでもないのですが、私が完全に合意できたのは以下のフレーズでした。

 

危険なのは、複雑な問題に簡単な答えを求める人間だ。

 

くれぐれもこの短いフレーズだけでわかった気にならないで欲しいし、できることなら原文を読んで欲しいのですが、同様の内容は私も繰り返してきた通りです。

 

 

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