松沢呉一のビバノン・ライフ

「ホモ・ユーゲント」からの脱却—ナチスと同性愛[8]-(松沢呉一)

「長いナイフの夜」はナチス内同性愛者派閥の一掃—ナチスと同性愛[7]」の続きです。

 

 

 

ヒトラーが同性愛者派閥一掃を意識していた証拠

 

vivanon_sentence長いナイフの夜」は私生活の問題でしかなかった同性愛が、ナチスの問題、国家の問題、民族の問題に転換した日であって、レームが逮捕された6月30日、ヒトラーは新参謀長ヴィクトール・ルッツェに「SAに対する12の要求」を出しています。準備してあった書面でありましょう。

以下はH・P・ブロイエル著『ナチ・ドイツ清潔な帝国』より。

 

 

わたしはすべてのSA指導者が、SAを純粋かつ清潔な制度として確立し維持することに協力してくれるよう期待する。すべての母親が息子を道徳的堕落の心配なしに、SAや党やヒットラー・ユーゲントに入れることができるようにしてもらいたい。したがってSA指導者はすべて、第175条の違反行為はSAおよび党からの即刻の除名をもって報いられるよう、細心の注意をもって監視すべきである。わたしは隊員たちをSA指導者として見たいのであって、おかしな猿どもとしては見たくない。

 

 

H・P・ブロイエルはここで面白い見方をしています。ヒトラーのこれらの発言は、同性愛を「道徳的堕落」としつつも、ヒトラーは道徳的に同性愛を批判しているのではないのだと。ブロイエルのここの説明が正確にはわからないのですが、たしかにヒトラーは子孫を残さないことが民族的損失になり、とくにすぐれた男こそがそうなってしまうことを危惧したものにすぎず、その範囲で「道徳的堕落」としていると言えるかもしれない。

よって、「おめえだって結婚もしておらず、子どもがいないじゃねえか」ってツッコミで終わってしまうわけです。独身であるヒトラーと同性愛者は等価値、同性愛者でも結婚して子どもを残していればヒトラーより価値が高い。

そこは自分は他人と違うと思うことができ、他人もそう認めるしかない独裁者の身勝手な論理として目をつぶるとして、私生活に介入しないとしていたヒトラーが同性愛者排除に踏み切ったのは、変節したのではなく、それが民族の問題として無視ができなくなったに過ぎず、子孫を残す可能性がある限り、反道徳的と見なされる性行動も容認されるということになります。

H・P・ブロイエルがそのような見方をしたのは、これ以降のナチスの施策を踏まえてのことだろうと思います。道徳よりも、民族繁栄が上位に来るのです。これについてはまた別のシリーズで確認するとして、ヒトラーが「長いナイフの夜」の初日のために、この文書を用意していた意味は軽視できないでしょう。

レーム一派を消したのは他に理由があれども、ヒトラーは同性愛人脈の粛清も意識していたことは間違いがない。

Dailymailより、ゲイクラブ「シルクハット」のポストカード。着色しました。一番下の写真を見ると、提灯を使ってます。おそらく日本式の提灯です。照明器具として輸入販売している店があったのかもしれないし、日本人が出入りしていたのかもしれないし、客が日本に行った時の土産で買ってきたのかもしれないし。

 

 

「ホモ・ユーゲント」からの脱却を図ったヒトラー

 

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長いナイフの夜」は1934年6月のことですが、同年1月にゲシュタポ創設者であるルドルフ・ディールスはヒトラーからこんな言葉を聞かされています。「彼」はヒトラーのことです。

H・P・ブロイエル著『ナチ・ドイツ清潔な帝国』から引用します。

 

彼は同性愛が歴史と政治において果たした役割について、私に講義してくれた。同性愛が古代ギリシアを滅亡させた、と彼はいう。その伝染力はいったん力を得ると、自然法則のように確実に、最良で最も男らしい人物にひろがってゆき、その子孫にこそ民族の命運がかかっている人びとに子供を産ませなくしてしまう。しかしこの背徳の直接的効果というのは、放っておくとこの反自然的情熱がたちまち国政を支配するようになることだ、と。

 

おそらくヒトラーはこの頃から同性愛はただの私生活の問題ではなく、民族の問題、国民の問題なのだとの認識を強めていたのだろうと思います。

その上、レーム一派のことは、新聞にも暴かれてしまい、広く国民の知るところになってしまいました。

SAに対する12の要求」の中で、「すべての母親が息子を道徳的堕落の心配なしに、SAや党やヒットラー・ユーゲントに入れることができるようにしてもらいたい」という部分はおそらく「ホモ・ユーゲント」を踏まえた発言です。

 

 

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