ゲシュタポ、こええよ—白バラを乗り越える[上]-(松沢呉一)
斜体のかかった人名は「白バラ・リスト」に項目がありますので、詳しくはそちらを参照のこと
青鉛筆から足がついた
「白バラ抵抗運動」はあまりに軽卒だったとの結論を出してから、まさにそれを裏づける本を読みました。ナチスに権利を剥奪された人びと』です。
『この本は「ヒトラー政権下の日常生活」シリーズの1冊で、「1 抵抗」「2 ユダヤ人」「3 強制収容所」「4 占領」からなっていて、あまり着目されない「普通の人たちの記録」を集めていて資料性が高い上に読物としても充実しているので、「ヒトラー政権下の日常生活」シリーズの他の本も読む予定。
しばしば読み進むのが辛くなるのですが、強制収容所での日々が怖いだけではなく、その前に、今まで足場としてきたものが徐々に壊れていくことがものすごく怖い。
反ナチスの発言等で強制収容所に入れられると仕事を失い、家族まで解雇され、今までつきあいのあった人たちも遠のいていく。ハイルヒトラーとやり出す人たちがどんどん増えていき、以前は気さくに話せた人でも、中身は別の人になっているかもしれないので、中身が以前と同じであることを確認しないと話もできない。以前と同じ調子でヒトラーの悪口を言おうもんならゲシュタポに密告される。
といった怖さを十分味わえるのですが、この本を買ったのは古本屋で見かけて、第一章に、抵抗運動に関わった人たちの証言が出ていて、それを読みたかったからです。期待以上の内容でした。
ナチスのことを本腰を入れて調べる前まで、ビラ配りのような大胆な行動をしたのは「白バラ」だけかと思っていたのですが、インゲ・ショルが『白バラは散らず』に書いているように、それ以前からいました。キリスト教徒たちもやってましたし、共産党や社会民主党の残党もやっていました。
共産党や社会民主党が公然と活動できなくなって以降、党員たちは少人数のグループに分散して、地味な抵抗運動をしていました。彼らはそれまでのナチスのひどさを身に沁みてわかっていたために警戒心が強くて、横につながってはいても、大きな組織として動かない。それがもっとも安全な方法です。
彼らは慎重です。踏み込まれないようにするのが第一ですが、それでも踏み込まれることがあるので、いつ踏み込まれてもいいように、家には何も置かない。それでも尻尾をつかまれることがあります。
この本に出ているアニタ・ゼレンシュローという共産党員の話です。彼女のところにゲシュタポがやってきます。彼女はその時に備えて、証拠になるようなものを一切家に置いていませんでした。ところが、台所の引き出しに入っていた青鉛筆が命取りになります。彼女は普通の青鉛筆だと思ってこれを使って集会の案内を書いていたのですが、実は特殊な青緑色の鉛筆で、これで逮捕されてしまいます。ゲシュタポ、こええよ。
誰も止められなかった暴走ショル兄妹
ゲシュタポに悟られないためには細心の努力が必要です。細心の注意をしていてもこうなる。それがショル兄弟にはきれいに欠けてました。おそらく彼らは、「踏み込まれた時のため」なんてことも考えていなかったでしょう。あれじゃあ、どっちみち捕まったのではなかろうか。
しかし、ショル兄妹が冷静になれるきっかけはいくつもありました。「白バラ・リスト」を見れば十分にわかりましょうけど、白バラの仲間うちでもビラの配布については批判していた人たちが多数います。それまで「白バラ通信」は大学の教員たちを中心に100部程度を郵送していただけで、そこまではまだしも足がつきにくいのでいいとして、万に達するビラを不特定多数に配布するのはやりすぎだし、危険すぎると思うのは当然です。
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