松沢呉一のビバノン・ライフ

忘れられた死者たち—バラの色は白だけではない[7]-(松沢呉一)

「白バラ」が抵抗運動を代表する存在になった理由—バラの色は白だけではない[6]」の続きです。

 

 

 

「なんだかなあ」の人々

 

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独語版WikipediaでWeiße Roseの項目を見ると、日本語版Wikipediaの「白いバラ」とは比較にならず詳しく出ています。

動機の部分では、処刑されなかったメンバーを含めて、誰がカトリックで誰がプロテスタントかまで出ています。処刑を免れたものの、ビラの投函をしたことで6ヶ月の懲役刑となったスザンネ・ヒルツェル(Susanne Hirzel)は親が告白教会の牧師であることも記載されています。

これだけを見ると、いかにもクリスチャン集団が信仰に基づいて行動したようです。そこをピックアップするのがキリスト教国家たるドイツの常道。

しかし、そこを過剰評価すると、ナチス幹部も一緒であって、たいていはプロテスタントかカトリックの家庭に育ち、たいていはプロテスタントかカトリックの教育を受けてます。事実、私は「ナチスってえのは、キリスト教の影響が強い人たちの集まりか」と当初勘違いしてました。あれはドイツの標準です。標準を越えているかもしれないれど、そっちはなかったことに。

検索するとわかりますが、ドイツに限らず、キリスト教系メディアや個人は白バラをキリスト教の手柄にしようとしています。

処刑されたアレクサンダー・シュモレルはロシア人とドイツ人の間に生まれたロシア人です。その後、ドイツに家族は移住しますが、ロシア正教の熱心な信徒だったため、2012年、ロシア正教は彼を殉教者として認め、聖アレクサンダー・シュモレルとなってます。

なんだかなあ、って感じでしょ。

「白バラ」を主導していたのはハンス・ショルで、実質のナンバー2はシュモレルです。彼はロシア語とドイツ語を話し、ロシアを愛していたがために、ドイツとソ連が戦争をすることに苦悩があったのですが、彼はあんまりクローズアップされることがないので(てか、クローズアップされるのはショル兄妹ばかり)、せめてロシア人やロシア正教が持ち上げてバランスをとった方がいいかもしれないと思ったりもします。

カトリックはカトリックに、プロテスタントはプロテスタントに、ロシア正教はロシア正教に肩入れするわけです。ドイツ人はドイツ人に、ロシア人はロシア人に、ユダヤ人はユダヤ人に肩入れする。

St Alexander Schmorell

 

 

白バラはキリスト教ではまとめ切れない

 

vivanon_sentenceなんだかなあ、というのはそれぞれすべてに言えることです。ドイツ人がドイツ人に思い切り肩入れしたのがナチスだったわけで、そこが克服できてないのではないかと思うのですけど、自分のフィルターを通ったものだけ見てしまうのは人間の定めです。あとは程度の違いです。

彼らのフィルターは濃いので、白バラのビラでああも個人の自由を求めていることには気づかないのでしょう。「白バラ通信」はハンス・ショルとアレクサンダー・シュモレルの考えが反映された部分が多くて、アレクサンダー・シュモレルもまた白バラより前から自由と自己決定を重んじていた人物です。

彼らは宗教だけで生きていたわけではない。煙草も酒も婚姻外セックスもやらないような宗教人と白バラの人たちはちょっと違う。個人差がありますが、「相当違う」かな。

とくに戦時は煙草と酒くらいしか息抜きがなく、『白バラは散らず』でも酒の話が出てきますし、白バラのメンバーはよくパイプを吸ってます。戦地では煙草が支給されるので、喫煙率が高くなるとの事情もあるのでしょうが、白バラ関係の女子でも煙草を吸っている写真が残ってます。ゾフィーが吸っている写真は見てないですが、ゾフィーも喫煙者です(つねにそうだったかどうかは不明)。

彼らは煙草も酒もやらないヒトラーに対抗して酒や煙草ができる社会を目指したのです。というのは言い過ぎとして。

また、『白バラは散らず』で、インゲ・ショルは、彼らの行動は個人の自由を求めたものだったと総括をしています。一方で、ゾフィーが熱心なカトリックであったことも読み取れますが、それより重要なのは個人の自由。このことは『白バラは散らず』が伏せた事実によってはっきり断言できます(伏せた事実についてはこのシリーズの最後に出てきます)。

そこを見据えずに、あの本で信仰に重きを置いているのは日本人の訳者です。これまた「なんだかなあ」です。この人もクリスチャンなのかもしれないし、個人の自由に反応するフィルターをもっていないからかもしれない。

Alexander Schmorell

 

 

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