松沢呉一のビバノン・ライフ

白バラは壮大な誇張の産物—バラの色は白だけではない[15](最終回)-(松沢呉一)

ハンス・ショルは不良系—バラの色は白だけではない[14]」の続きです。

 

 

 

なぜトラウテ・ラフレンツは沈黙していたのか

 

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トラウテ・ラフレンツは100歳近くなるまで(一連のインタビューは昨年のもので、その時、彼女は99歳)、白バラのことを語りませんでした。ブルンヒルデ・ポムゼルのように、そう言いながらももっと前からテレビに出て語っていたのと違って、トラウテ・ラフレンツのインタビューは昨年のものばかりです。その内容も、死ぬまですっとぼけたポムゼルと違って、リアリティと重みがあって、語ってくれて本当にありがたい。

彼女は長い間、あの時代のことを語らなかった事情をこう説明しています(以下は自動翻訳に手を加えてます)。

 

 

SPIEGEL:長年にわたり、彼女は彼女の過去について話したことがない。彼女の子どもたちは大人になってヨーロッパへの旅行をした際に、自分の母親がドイツの抵抗運動に積極的に関わったことを初めて知っている。

なぜあなたはそんなに長い間黙っていたのですか?

ラフレンツ:私は大きな違いを明らかにしたくありませんでした。 ドイツでは、終戦以来、ショル兄妹のような存在に大きな期待がかかりました。 アメリカ人もドイツのモデルを早急に必要としていましたが、ドイツには何もなかったので、彼らは純粋な殉教者の神話を宣伝することで、彼らの求めるイメージをショル兄妹に象徴化したのです。 ゾフィー・ショルだけでも多くの映画や本があるので、彼女は抵抗をリードしたと思うかもしれません。 しかし、彼女は一枚のリーフレットも書いていませんでした。

 

ゾフィーはあとから白バラに参加して、配布については積極的ではありましたが、前回見たように、最後のビラまきの場にゾフィーがいたのは、プロープストやシュモレルが危険すぎるとして同行を断ったからです。すでにすぐそこまでゲシュタポは迫ってきていて、わざわざそこに飛び込むのは誰が見ても危険であり、無謀でしたが、ハンスを止められる者はいませんでした。

ビラの内容について、クルト・フーバー教授とも対立して決裂状態になり、孤立したハンスにつきあったのがゾフィーでした。ハンスを理解するのはもはやゾフィーしかいなかったのです。彼女も行動を理解したのではなくて、兄ちゃんをほっとけなかったのでしょう。そのゾフィーももともと警戒心が薄いですから、最後は暴走しました。

そして仲間の忠告を無視して、死ななくてよかった人たちを死に追い込んだ兄と妹が英雄になりました。

 

 

SPIEGEL:今日でも学校、街路、または財団はソフィーにちなんで命名されています。

ラフレンツ:彼女はそれに値するものです。私はそれについて不平はありません。私が疑問に思うのは、彼女とハンスが超人的英雄、聖人にされたことです。 そうすることによって、ドイツ人はなぜ自分が何もしなかったのか不思議に思う必要はなくなりました。ハンスとゾフィーもヒトラーに魅了された弱さがあります。同時に勇気があり、無謀でした、彼らの行動にはミスがあって、他人の命を自分たちの信念で危険にさらしました。しかし、その事実は神話を壊すのです。彼らを人間として見る時には、彼ら自身の罪と向き合うことになります。私たちの誰も聖人ではありませんでした。誰もがそれをすることができました。 私もチラシを配布しました。 

 

ラフレンツばあちゃん、100歳を前にして言うことが鋭利な刃物のようです。このインタビューを読む前から私も同じようなことを考え、「ビバノン」に書いていたので、私の考えることも刃物のように鋭利ですが、あっちは当事者ですから、リアリティがまったく違う。

一週間ほど前に、このインタビューを読んで、涙が出るほど嬉しかった旨をFacebookに書きました。

白バラを取り上げているものは何冊も読んでますが、白バラについてだけ書いたのはインゲ・ショル著『白バラは散らずしか読んでおらず、そこからネットで調べて、危険性が歴然としている中で行動したショル兄妹によって多数の人たちが逮捕され、亡くなっていることを知って、ショル兄妹の行動をただ讃えるだけでいいのかとの思いにとらわれて、このシリーズを始めたわけですが、ドイツにいない私でさえも、それを指摘することにためらいがありました。

「ナチスに命がけで立ち向かった人たち」という点だけを見て、ただただ礼讃する人たちに対して、水を差すようなことを言っていいのか。私はとんでもない勘違いをしているのではないか。彼らを批判的に扱うと反ナチス派のゲシュタポもどきが来て処刑されるのではないか。

誰も言っていないことを言うのが好きな私ですけど、ちょっと調べればわかるはずのことを誰も言っていないなんてことがあるだろうかとの思いがどうしてもつきまといます。

私は私の洞察を信じたいのですが、「これに気づいた人がオレだけってことはないだろう。白バラの本を読んだ人、とくにインゲの本は日本でも十万人を超える単位の人が読んでいるはず。映画を見た人も何万もいるはず。中にはテレビで放映されたのもあるかもしれず、だったら百万単位で観ているはず。でも、ネットにはただのショル兄妹礼讃が溢れている。だったらオレが間違っているのか」と一方で考えてしまいます。

丹念に探せば、日本にも同様のことを感じた人はいると思いますが、インターネット以前の時代のものは探しにくい。

白バラのメンバーがこう語っていることで、その不安がやっと解消されました。「たった一冊本を読んだだけで(確認のため、そのあとネットで調べまくって、十分な根拠は集めてましたが)、白バラのメンバーだったラフレンツと同じところに辿りつけたオレはたいしたもん」と今や自信満々。

しかも、このインタビューで、ハンス・ショルという人間がより理解できるようになりました。彼の自暴自棄にも見える軽卒さも少し理解ができるようになりました。彼にとってはナチスだけが敵だったのではなく、社会全体が敵であり、自分さえも敵だったのだと思います。

Traute Lafrenz with Heinz Kucharski トラウテ・ラフレンツと一緒にいるハインツ・クチャルスキもハンブルク・グループで、死刑判決が出て、処刑場に移送される途中で米軍の空爆があって逃亡し、赤軍に助けられました。米軍と赤軍の連繋で、彼もギリギリ生き延びました。

 

 

 

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