松沢呉一のビバノン・ライフ

これをゲシュタポに見られたらおしまい—ルート・アンドレアスの『ベルリン地下組織』を疑う[上]-(松沢呉一)

この本の登場人物で、戦後、この当時のことを詳細に語っている人物がいるため、それと照合してから出そうと思っていたのですが、面倒になったので、もういいや。

 

 

 

なぜ『ベルリン地下組織』は信用できないか

 

vivanon_sentenceルート・アンドレアス-フリードリヒ(Ruth Andreas-Friedrich)著『ベルリン地下組織—反ナチ地下抵抗運動の記録 1938~1945』は大変重要な本です(訳者は、一般には音引きを入れないところに入れる傾向があります。ドイツ語の法則としては入れるべきところに入れているだけであり、本書では「アンドレーアス」になってますが、「アンドレアス」が一般的なので、ここでもそちらに合わせます)。

ユダヤ人の救援活動をやった「エミールおじさん」と呼ばれるグループがありました(これも本書では「エーミールおじさん」)。このグループの拠点になったのが、このルート・アンドレアス-フリードリヒとパートナーであるレオ・ボルヒャルト(LEO BORCHARD。本書ではアンドリク・クラスノフ)とアンドレアスと前夫との間に生まれた娘のカーリン(Karin Friedrich)の住むアパートでした。

グループ名からして、ベルリン大学附属病院の医師であるエミールおじさんことヴァルター・ザイツ(Walter Seitz)がリーダーなのかとも思うのですが、そういうわけでもなさそう。この辺の事情は判然としません。

その活動の日記ですから、地下活動がどうなされたのか、ナチス政権下の暮らしはどんなものだったのかを知るには格好の一冊です。しかし、扱いに困る本です。どこまで信用していいのか判断がつかないのです。全部がフィクションということはあり得ないとして、この本の信頼度について、現状私は「判断不能」というところでありまして、裏取りをしないと使えない。

前書きにはこうあります。

 

ここで語られるのは、あらゆる階層、あらゆる集団から寄り集まったこれらのドイツ人のこと、また彼らの人生と仕事のことである。わたしはあとからいかなる修正を加えることも意図的に断念した。当時の幾多の風聞は確かにその間に解明され、幾多の不確実な伝聞は今や新聞やラジオによって訂正されている。しかしながら、ほんとうに起こったことについての不確かさこそはまさにあの時期の特徴を示す標識であって、それゆえ、もしここであとから何か変更を加えようものなら、この時期のありのままの描写をゆがめてしまうことになってしまうのである。

本書は一語一語が偽りのないものである場合に限って、所期の目的を果たすことができる。

 

これを読めば、日記は戦時下のベルリンでリアルタイムに書かれたものを、一切手を加えずに本にしたようです。もちろん、誤字脱字の類いは直すとして、また、いらない記述は削除するくらいのことはあるとして、あとはそのままだと受け取れましょう。

しかし、読み始めるや否や、そうとは思えず、当惑します。

 

 

 

すぐに誰かわかる偽名になんの意味が?

 

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著者はフリーなのか社員なのかわからないですが、出版社に勤務しています。出版社と言っても新聞を発行していますから、新聞社とした方がいいかもしれない。日刊かどうかはわからないけれど、相当に忙しいはず(なんという出版社か調べたのですが、この日記の時期にどこに勤務していたかはわからなかった)。

しかし、初日の1938年9月27日に8時間編集をやったという記述があります。原則午後9時から午後6時までの勤務だろうと思います。新聞社であれ、出版社であれ、8時間で済むのは珍しい。

彼女はジャーナリストという肩書きになってますが、戦後出した本を見ると、日記を除いて、美容や健康、恋愛といった関連のものばかりで、専門はそちらのようです。雑誌にせよ新聞にせよ婦人欄。報道記事担当とは違って、定時で帰れるのかもしれない。じゃないとユダヤ人救援活動もできない。

 

 

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