松沢呉一のビバノン・ライフ

書いた日記をどこに隠したのか—ルート・アンドレアスの『ベルリン地下組織』を疑う[中]-(松沢呉一)

これをゲシュタポに見られたらおしまい—ルート・アンドレアスの『ベルリン地下組織』を疑う[上]」の続きです。

斜体のかかった人名は「白バラ・リスト」に項目がありますので、詳しくはそちらを参照のこと

 

 

 

どうやって日記を隠したのか

 

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不自然な偽名が気になるとともに「これをどうやって書いたのか、どう保存したのか」が気になってきます。地下活動をする人たちにとって、自宅にブツを置かないのは大原則であって、こんな日記を家に置いておけるわけがない。職場にもナチスの党員がいるので置けるはずがない。

ハンス・ライペルトのように、いきなりビラを手にして複製、配布をした人間はガードが甘くなるでしょうが、ゴリゴリの活動家であり、細心の注意をしていることをたびたび書いているルート・アンドレアがそんな無防備なことをするはずがない。

ヒトラー政権下で書かれた日記は多数出版されています。その中にはヒトラー批判をしているものもあります。通常はそんなもんが見られるリスクはないし、ヒトラーの名前を伏字や別名にしておいて、戦後直すくらいのことはやるとして、それ以上の配慮は不要です。

しかし、活動家としてはそれだけで命取り。自分だけの問題では済まない。しかも、同じアパートに住んでいるパートナーはすでにゲシュタポにマークされています。

なのにヒトラーやゲーリング、ゲッベルスらの名前も次々と出てきて、強く批判しており、ヒトラーに対しては精神異常とまで書いています。この本ではユダヤ人が出入りし、ユダヤ人を匿う人たちが出入りするだけでなく、書類を盗難して偽造したり、ナチスのガソリンを使えなくしたり、ナチスの通信を遮断したり、ビラを配布するなどの犯罪行為までが、どこの誰かわかる偽名とともに書かれています。

それでも、途中までは何かすごい方法で日記を隠していたのだろうと思ってました。ゲシュタポはそんなに甘くないので、鍋の中に入れたり、天井裏に隠しておく程度ではダメです。台所のレンガのひとつが外れて、中に隠せるとか、そのくらいの仕掛けが必要です。それも、その部分だけ手垢がついていたり、ほこりがついていなかったりして見抜かれそうですが、ものすごく込み入った方法で隠さなければならないのであれば、書いている時に踏み込まれたら隠している暇がない。簡単で、なおかつ見つからない方法。私には見当がつかない。すぐに見当がつくようじゃダメですから、それでいいわけです。

※Erich Kordt著『La politica Estera del Terzo Reich』  なぜかイタリアで昨年出たばかりのエーリッヒ・コルトの著書

 

 

暗号なんて使えない

 

vivanon_sentenceこの本の中には暗号の話も出てきます。実際こういう方法は刑務所内とのやりとりや活動家同士の連絡などでは用いられていたようです。

しかし、この場合の暗号は、たとえば「★がどこかに入っていたら、ゲシュタポが動いているから注意」という意味だったり、「冒頭に天候のことが書かれていたら、計画実行」という意味だったり、予め決めておいて記憶しておける程度の約束に留めていたはずです。コード表が必要になると今度はコード表を入手されてしまった時にすべてばれてしまいますし、一切意味がわからない言葉が羅列されていると、それが暗号で書かれているとのアピールになってしまい、所詮素人が使う暗号なんてすぐにゲシュタポに解読されます。

たとえば5文字ずつ飛ばし読みをして短い言葉を伝えるとか、アルファベットを一文字ずつずらすといったシンプルな方法をとるとしても、長文を書くのは困難です。

この日記で暗号を使うことは不可能です。よって絶対にわからないところに隠すという方法以外考えられない。

 

 

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