松沢呉一のビバノン・ライフ

娼家の公認と個人売春の禁止—ナチスはなぜ売春婦を抹殺しようとしたのか[4](最終回)-(松沢呉一)

顧みられない売春婦たち—ナチスはなぜ売春婦を抹殺しようとしたのか[3]」の続きです。

 

 

決定的な本を発見

 

vivanon_sentenceナチス関係の本はないかと古本屋に入ったら、たまたま近代思想や近代史に強い古本屋で、ナチス関係だけで優に30冊は並んでました。ミリタリー系のものはほとんどなくて、『夜と霧』を筆頭とした良心的と言われる版元の良心的と言われる出版物やナチスの研究書が中心です。膨大な数のナチス関連の本が出ていることは数字で確認してましたが、そのことを改めて実感しました。

値段も手頃だったので、ゲッベルスの評伝など3冊購入。他に数冊手にしたものがあったのですが、「買い過ぎか」と思って棚に戻しました。その中にH・P・ブロイエル著『ナチ・ドイツ清潔な帝国』という本があって、他は千円以下だったのに、これはちょっと高めだったため、今回は見送りました。ただでさえ、まだ読んでないものが溜まってきているので、全部読んでからまた来ればいいやと。

店を出たあと、さっきの本が気になって引き返し、冒頭を読んだら、これは買うしかないなと思って、追加で買いました。

冒頭に何が書かれていたのかというと、ヒトラーは党からの給与を受け取っておらず、その代わり、『我が闘争』の莫大な印税を得ていたって話。党はこの本を強制的に党員に買わせていたので、実際には党の力で印税を生み出していたわけですが、「総統は党から金をもらっていない」という体裁で清潔感を演出していました。小賢しいですが、こういうことが有効だったりします。大衆は一歩踏み込んで考えることをしない。大事なのは表層のイメージです。『群集心理』の教えを忠実に実践するヒトラーです。

この話自体は知っていたのですが、「なるほど、この本はナチスの潔癖イメージとその実態を書いたものなのだな」と理解して購入。文字が小さいので、立ち読みではそれ以上読めない。

章タイトルはあいまいな語句になっているため、目次を見てもそのことはわかりにくかったのですが、家に帰って続きを読んだら、ラインハルト・ハイドリヒが複数の女と婚約していたことが問題になって軍法会議にかけられたという話が出てきて、この本はナチスの性がテーマであることが薄々わかってきます。広くは家族や教育です。

Amazonで見ると、帯には「第三帝国の性と社会」とあるのですが、購入した本には帯がなかったので、よくわかってませんでした。しかし、まさに私が求めている内容でありました。そのことがわかって、前から読みたかったゲッベルスについての本は後回しにして、こちらに熱中。

 

 

ある段階まで売春婦たちは強制収容所には入れられていなかった

 

vivanon_sentenceでは、当初の疑問についてのH・P・ブロイエル著『ナチ・ドイツ清潔な帝国』に出ていた回答に移ります。

「どうして売春婦が強制収容所に送られるんだよ。管理売春は違法だとしても、管理する側が捕まるだけで、売春をしていた女たちは保護対象にしかならんだろう」という私の疑問は正しかったのであります。

 

もっとも、売春婦のひもは反社会的分子として——たしかに彼らは価値を生む仕事には従事していなかった——強制収容所に放りこまれたが、ともかくも金をかせいではいるその被保護者のほうは入れられなかった。彼女たちの商売は口先きで攻撃されたものの、その存続は危うはくされなかった。。

 

強制収容所に送られたのは管理者だけであり、売春婦たちは送られなかったのです。

ナチスにとっては、取り組むべきテーマは同性愛でした。それまではレーム一派がいたため、対策をとろうにもとれず、目の上のたんこぶが消えた「長いナイフの夜」以降は、警察やSS内部からの一掃と広く一般の同性愛者たちの一掃で忙しく、売春は容認されていました。

それどころか、セックスができないと同性愛に走るという思い込みもあったため、違法である売春宿も放置されていました。同性愛予防施設というわけです。そのため、管理者も何らかの他の事情があったりしない限り、あるいは派手にやったりしない限り、強制収容所に送られることはほとんどなかったのです、ある段階までは。

 

Berlin, 1927.  

ベルリンのキャバレーの様子です。着色しました。ヴァイマル共和国時代のベルリン、サイコー

 

 

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