東洋英和女学院と創価大学の処分の違い—懲戒の基準[18]-(松沢呉一)
「教員が生徒の親とセックスをした場合—懲戒の基準[17]」の続きです。
学長の懲戒解雇
前回は、学校の教職員についての懲戒について書きましたが、いいタイミングで、ダイナミックな懲戒解雇がありました。
2019年5月10日「日本経済新聞」
テーマがヴァイマル時代(ワイマール、ヴァイマール、ヴァイマルなど日本語表記多数あり)の神学なので、ナチスを知るためにはちょっとは興味があります。「神学者、聖職者たちがヴァイマル体制に対してどういう姿勢をとっていたのか」はナチスの台頭、ヒトラーの独裁政権樹立を理解するひとつの重要なキーになろうかと思います。
ナチス推奨のドイツキリスト教以前から、露骨な反ユダヤを掲げるプロテスタント系のキリスト教社会党なんて政党が国会議員を送り出していました。ナチスを生み出す流れがとくにプロテスタントの中にあったのです。
という点でも興味は尽きないのですが、神学なんて読んでもよくわからんですし、この本の問題点を私自身が検証するのは困難ですので、読まないまま話を進めます。
セクハラ、研究費の不正利用、盗用によって処分される大学教員はナンボでもいますけど、大学の長(この場合は院長/学院長)が捏造と盗用で懲戒解雇となったのは前代未聞ではなかろうか。
一般論として、研究者の盗用が話題になることが多くなったのは、著作権に対する認識、研究者の倫理が後退しているのではなく、それらに対する学校側の姿勢が厳しくなり、インターネットでの検証も容易になったために、今まで容認されてきたことが容認されなくなってきたと考えた方がいいのだろうと思うのですが、この例は捏造が主たる問題ですから、より積極的な意思があって、まさに「極めて悪質」であり、今までだって許されなかったでしょう。
著作権侵害は、ものによってはついうっかりで起き得るのに対して(著作権が切れていると思ったら切れていなかったとか。昨今、著作権切れの写真を多用している私もやりかねない)、捏造や改竄はついうっかりで起きるものではなく、その影響を考えても、学術の世界では捏造や改竄は決して許されるものではありません。
ジャーナリズムの世界でも捏造や改竄については相当に厳しい。独シューピゲル誌の騒動を参照のこと。でも、日本ではジャンルによるか。盗用の上に改竄を重ねて捏造といっていい物語を作り上げた『みんなは知らない国家売春命令』が長らく出し続けられ、研究者でもこの本を参照していることがあるように、「売春をする女はかわいそうな被害者」という方向の捏造、改竄は許されていますね。道徳に合致する方向だったらデタラメもあり。
捏造+盗用+虚偽
深井智朗・東洋英和女学院学院長・人間科学部保育子ども学科教授(いずれも現在は「元」)による不正行為の報告書は以下。
この報告書の中でも記述があるように、問題になった著書『ヴァイマールの聖なる政治的精神』は「聖学院大学在職中に研究し、金城学院大学着任後の 2012年5月に刊行した」ものであって、東洋英和の学院長に就任して以降のものも付随して出てきてはいますが、東洋英和にとってはいい迷惑と言えなくもない。
それでも現役の学院長ですから、学校側にも責任がないはずはなく、調査委員会を設置したわけですが、外部からの批判に応える形です。
小柳敦史・北海学園大学准教授による追及が始まりで、日本基督教学会の学会誌「日本の神学」で小柳准教授は公開質問状を出しています。
思わぬところで感動しました。学会は馴れ合いが横行して、とくに上の地位にある者に対する批判ができにくいという話を研究者から聞くことが多いなか、小柳准教授の姿勢は望ましき研究者のありかたを見せてくれていて、学会が機能していることにも感動しました。
北海学園大学の教員紹介によると、小柳准教授はフィシュマンズのファンらしいですよ。
これを受けて、東洋英和では調査委員会が設置され、調査に5ヶ月かかっています。この長さは深江元教授が言い逃れを続けたことによります。本人が認めればそれまでだった話。しかし、認めない場合は、捏造であったことの立証は相当に面倒です。面倒くさいので、私だったら追及を諦めかねない。
ここでは盗用・捏造に加えて虚偽もあったわけで、これらはワンパックだろうと思います。研究者としての倫理観みたいなものが欠落している。あるいは「人としての倫理観」か。こうなると、人格の問題に至らざるを得ない。
学長・教授の座、研究者としての業績・評価がすべてすっ飛ぶ話ですから、抵抗するのは当然なのかもしれないですが、そもそもすべてすっ飛ぶような話をどうしてできてしまったのかって話。
現にやってしまった以上、懲戒解雇は当然の処分です。
※上は北海学園大学のサイトより。下は小柳先生推薦のフィッシュマンズ「long season」
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