松沢呉一のビバノン・ライフ

東洋英和女学院と岩波書店の対比—懲戒の基準[20]-(松沢呉一)

不正な著作物の責任の取り方/大学と版元—懲戒の基準[19]」の続きです。

 

 

 

岩波書店の対応でひっかかるところ

 

vivanon_sentence今回の件で、東洋英和女学院が強く自校の学院長・教授を批判し、追及し。懲戒処分にした姿勢は正しい。

出版社もああいう姿勢をとっていいはず。捏造や盗用のある出版物を複製頒布したことの責任は版元にありますから、対読者、対書店、対世間への責任はあるとして、著者との関係においては半ば被害者でもありますから、編集者がそそのかした、命じたというのでなければ、版元は著者を追及、批判してよく、そうすることで自身の責任を果たすことにもなります。

恩情は別のところで発揮されるべきで、問題追及は厳しくていい。

独シュピーゲル誌が、捏造記者レロティウスを強く批判した姿勢も正しい(あれは外部の書き手ではなく、内部の記者ですが)。悪質なものに対しては、原稿料や印税の返却を要求し、絶版・回収に伴う経費を著者に請求していい。

著者たち、とくにすねに傷のある著者たちは「あの版元は怖い」と敬遠するかもしれないので、そこまではできないとしても(敬遠された方がいいはずですけど)、たとえば著作権侵害の場合における版元の責任は「本にするまでに、できる範囲で盗用がないかどうかをチェックする」「疑惑がある場合は著者に指摘をする」「疑惑を解消できない場合は出版を中止する」「発行以降に疑惑が出てきた場合は出荷停止をした上で調査をする」「盗用が確定したら、盗用の元になった著作権者に連絡をして事情説明をした上で、盗用した著者とともに話し合いをし、相手が望むのであれば金を払う」「それで解決すればそのまま出し続ける」「相手が納得しなければ回収、絶版にする」ということで果たされればいい。

前回確認したように学術書の場合は判断の基準や解決が一部違ってきますが、流れとしては似たようなもん。

※シュピーゲルの件は、なお調査が続行しているとのこと。上の記事は、クラース・レロティウスの捏造を追及した同僚のユアン・モレノ(同僚ではありますが、こちらはフリーランス)がこの件についての本を執筆しており、この秋に発売される予定で、すでに映画化まで決定しているという内容。また、他の記事によると、レロティウスの担当編集者ほかが「シュピーゲル」編集部から外された模様。捏造を知っていたわけじゃなければ懲戒処分までには至らないとして、あの件では、以前から読者の指摘が届いていたとされているので、それに応じなかった編集者たちは処分対象であり、戒告くらいはなされているのではなかろうか。

 

 

大学が版元に回収を勧告した意味

 

vivanon_sentence岩波書店の今回の処理は定石通りであり、あとは盗用された側との話し合いが残るだけなのですが、同社の説明によると、絶版・回収措置は、東洋英和女学院の調査報告が公開されたのを受けてのものでしかなく、同社はそれ以上の調査も判断もしていません。

調査の結果がほぼ出ていたはずの本年3月13日に、学長(学院長とは別)が「書籍の回収、 論考についての訂正・お詫びの掲載の措置を求める勧告回収」を岩波書店に勧告しています。にもかかわらず、岩波書店は自社での調査や判断をせず、勧告も無視して報告書の公開を待ったのは版元としてはどうなんか。出荷停止にはしていたにしても、複製頒布したのは大学ではなく、岩波書店ですよ。

事の重大さが大学と版元では違うので、その対応も違うのは当然ではありますし、この対応は出版社としては標準的なものであって、とくに岩波書店がひどいってわけではないかとは思うのですが、今回は東洋英和女学院との比較で、岩波書店の動きはあまりに鈍く、無責任に見えます。

勧告」という言葉は国際機関が加盟各国に出したり、指導的立場にある管轄の役所が民間企業に出すことが多いため、大学が版元に出版物の回収を勧告するのはシックリ来ない感もありますが、調査の結果、不正な著作物であることを確定させた立場から、「回収が適切ではないですか」と伝えたってことでしょう。

結果を発表する前に勧告しているのは、「不正は確定したので、早いうちに回収した方がええんでねえか」という親切心かもしれないし、自ら対応をしようとしない版元に痺れを切らせたってことかもしれない。

事前に見抜くことは困難としても、具体的な指摘がされてからなら、その真偽を判断することくらいはできるはず。いかに検証が難しい案件とは言え、その内容を自社では判断できないのだとしたら、それもまたおかしな話。「内容の判断ができないのに、肩書きと知名度と雰囲気で本を出しているだけかよ」って話になってしまいます。岩波書店においても、現にそういう出版物はゴロゴロあるのだろうと想像しますが、それを認めてしまっていいもんか。正直でいいんだけどさ。

 

 

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