松沢呉一のビバノン・ライフ

武蔵野美術大学は勝海麻衣の卒業を取り消すべきか否か[上]—懲戒の基準[25]-(松沢呉一)

東京芸大大学院は勝海麻衣を懲戒処分すべきか否か[下]—懲戒の基準 24」の続きです。

 

 

 

卒業制作の位置づけ

 

vivanon_sentenceでは、続いて、武蔵野美術大学について検討します。

おそらくどこの美大等でも、卒業制作は卒論と同じ位置づけです。提出してその成果を認められて卒業ができる。提出できなければ、あるいは基準を満たしていないと見なされれば留年。

ちなみに私は卒論を書いてません。ゼミ論でした。ゼミ履修の終了論文という位置づけです。ゼミ論を出さないとゼミを履修したことにならず、ゼミを履修しないと卒業ができないという関係だったはずです。今もそうかどうかわからないですが、早稲田でも法学部だけがそうだったはずです。

念のため、武蔵野美術⼤学学則を確認したら、卒業制作、卒業論文は、通常の単位とは別に単位が設定されていて、この単位をクリアしないと卒業ができないとなってます。だいたいどこの大学もそうなんじゃないですかね。別枠なので、他の単位でカバーすることはできないわけです。カバーできるんであれば、「卒業制作に不正があっても、他でカバーできているので、卒業には影響がない」とかなんとか大学側がごまかせる余地があるかと思ったのですが、無理です。

しかし、卒論は、提出すればたいていは卒業できるというものであって、修士論文、博士論文とは相当に評価が違います。懲戒の規程上では、そこに不正があった場合は卒業できないばかりか、大学によっては退学処分になって学籍抹消ですが、修士論文、博士論文の不正と違い、卒論の不正でそのような処分をした例は今のところ極少ないと言ってよさそうです。卒業制作も同様です。

Googleストリートビューより武蔵野美術大学

 

 

武蔵野美術大学学位規則

 

vivanon_sentence武蔵野美術大学のルールでは、あとになってからでも、そこに不正があった場合、学位は取り消しです。

武蔵野美術⼤学学位規則」より。

 

 

(学位の取消)

第11条 学⻑は、学位を授与された者が次の各号の⼀に該当するときは、当該学部教授会⼜は当該研究科委員会の議を経て、学位を取消し、学位記を返付させ、かつ、その旨を公表するものとする。

(1) 不正の⽅法により学位の授与を受けた事実が判明したとき。

(2) 学位の名誉を汚す⾏為があつたとき。

 

ここでの学位は学士も対象ですから、学部生による卒業制作の不正も対象です。

こういう場合、「取消にすることができる」という言い方にしていることもあるでしょうけど、武蔵野美術大学ではこれに該当している場合は自動的に取消にすると読めます。そうはっきり言っているわけではないですが、「取り消さなければならない」ってことです。

勝海麻衣の卒業制作「Still Life」 については、剽窃の指摘がなされているだけで、今のところ、当人は認めているわけではないので、まず調査が必要ですが、剽窃であることが確定した場合、学外で行われたRAIZINのイベントでの剽窃を東京芸大大学院が処分するのと大きく違います。

こちらは学内で、しかも学士に関係したものであり、直接これに該当する規定がはっきり存在しています。

規定が存在していても、その規定自体が不当ということもありますから、それも検討しましたさ。

Googleストリートビューより武蔵野美術大学

 

 

卒業後に不正が発覚した場合

 

vivanon_sentenceこれを調べた段階で私は「学校側は対応しないだろうし、それを批判することは難しいのではないか」とも思ってました。

その理由のひとつは、作品の質です。勝海麻衣作品に見る「著作権法上の特例が外にはみ出てしまった例」—ゆるゆる著作権講座 13に書いたように、「Still Life」という作品において、顔はさして重要ではなかった可能性が高い。そこを担当教官が見逃して評価したのも理解できます(剽窃とわかっていて見逃しただけでなく、そこに重きを置かなかったためにチェックしなかったことを含む)。

実際、そういう作品であるかどうかはっきりとはわからないですが、そのように主張することは可能ではなかろうか。「卒業制作としての評価基準は満たしていて、その評価とは別のところで不正があったとしても評価に変化はないのだから、武蔵野美術⼤学学位規則にも該当しない」といった論理です。「学校は著作権法上、例外とされている場所であり、教育上許される複製である」という主張もあり得るかもしれない。

 

 

 

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