松沢呉一のビバノン・ライフ

吉岡彌生の同志的存在ゲルトルート・ショルツ=クリンクの登場—ナチスと婦人運動[5]-(松沢呉一)

母性保護を徹底したらこうなった—ナチスと婦人運動[4]」の続きです。

 

 

 

 未婚のセックス、未婚の出産の奨励

 

vivanon_sentenceドイツの婦人運動は英米のそれよりも北欧のそれに近くて、母性保護の考え方が強い。ナチスはエレン・ケイの主張を取り入れているように見えるところがあります。エレン・ケイの根幹には個人主義があるので、その点はナチスと大きく違っていて、個人よりも国家や民族を上位に置いて、優秀な子どもを産むことを女の責務としたナチスは、女性が母性を十全に発揮するために、離婚も可能な社会を作ろうとしました。民族の発展が至上の目的になれば、結婚の維持よりも出産が優先されるのは当然です。

この結果だけを見るならエレン・ケイの理想じゃないですか。出産と育児の負担は国家が軽減することで離婚を可能にする。そのために国家に母性の保護を訴えたエレン・ケイの理想を突き詰めたのがナチスです。たまたまその部分が似ただけで、エレン・ケイを参照したわけではないでしょうが。

子どもが産まれないのでは民族に未来はない。そこで、ナチスは早婚を奨励し、夫婦には出産と育児のための金を貸し付け、子どもの人数に応じて返済金を減らす方策をとり、たくさん生めば返済しなくてもよくなり、報償もされました。

それでも遅々として出生数は増えていかない。国民を増やすためには、国民の誰もが誰とでもいいので結婚し、出産をすればいいはずですが、ゲルマン民族のみの繁栄を願うナチスではそうはいかない。「血の純潔維持法」によって、異民族との結婚、性交渉は禁じられたため、結婚の機会、出産の機会は減る一方だったのです。

そこで健全なゲルマン民族の夫婦によって生み出される子どもを尊重しただけでなく、ゲルマン民族同士の子どもである限りにおいて、未婚の出産も容認、推奨します。つまりは、未婚であってもセックスをして子どもを産んで女の責務を果たせってわけです。

ここはナチスのすごいところで、民族繁栄を至上の目的として、全体主義のもとで母性保護を徹底するとどうなるのかを鮮やかに見せてくれます。女は出産のための機械と化す。

Wikipediaよりレーベンスボルン(詳しくは次回)

 

 

ヒトラーは一夫多妻制も考えていた

 

vivanon_sentence未婚での出産を奨励したことによって、実質的な未婚での性交渉を奨励することになります。結婚は早ければ早いほどよく、早くしないと同性愛の悪影響を受けるかもしれないということもあって、ナチスの青少年組織、ヒトラー・ユーゲントとその女子版であるドイツ女子同盟との性交渉は暗黙のうちに奨励されます。

女子が子どもを産み、女の責任を果たすためには結婚は必須ではなくなります。早く産めば早く産むほど生涯に産む子どもの数が増えますから、早くセックスをした方がいい。

さらにヒトラーは一夫多妻性も考えていました。多重婚という言い方をしている場合もあって、一夫多妻に限定したものかどうかは不明。子どもの数を増やすという意味では、一妻多夫はあまり意味がない。夫の生殖能力に欠陥があって妊娠しない例の解消になる程度です。優秀で経済力のある男については、許される範囲で妻の数を増やして、できるだけ多くの子どもを残すことが民族全体に寄与するという考え方です。

それだけの経済的余裕のある男であれば、相手は愛人であってもいいのですが、その子どもは国家が面倒を見るということになれば男に経済的に依存する必要がなくなりますから、相手は愛人である必要もない。誰でもいいのです。当然、既婚者が離婚してもいい。

一夫多妻制はともかくとして、保守系婦人運動家の多くは、この流れの中で屈服し、もしくは自ら望んでそこに組み込まれていったのではなかろうか。

 

 

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