松沢呉一のビバノン・ライフ

酒・煙草・肉食を嫌ったヒトラーはそれらを禁止したわけではない—ナチスと酒・煙草[上]-(松沢呉一)

マイチャイルド・レーベンスボルンとセンカチュ—ナチスと婦人運動[13]」からゆるくつながっています。

 

 

 

全体主義に徹しないヒトラーのある側面

 

vivanon_sentence全体主義と闘った個人主義者たち—ナチスと婦人運動[7]」で全体主義と個人主義との関係を確認しましたが、ナチスドイツでは、私生活についてもゲルマン民族や国家に従属させる方向で進んでいった点についてはまさに全体主義国家だったと言えます。

ナチスドイツに限らず、法で性行動を規制しようとするような人々は全体主義者です。個人が決定すればいいことなのに、同性愛を法で禁じるのも、売買春を禁じるのも全体主義です。所属する集団と自己を同一化することも全体主義に片足を突っ込んでます。

しかし、ある段階まで、ヒトラーやゲッベルスは、党員の私生活には踏み込まず、道徳でそれを縛ることをむしろ嫌悪していたのは、「レームを首領とする同性愛派閥を擁護したヒトラー—ナチスと同性愛[2]」で見た通りです。

やがては民族の事情、国家の事情が個人の事情を凌駕していって、同性愛追放個人営業の売春婦追放に動くのですが、これを進めたのはハインリヒ・ヒムラーやラインハルト・ハイドリヒであって、ヒトラーはその陰謀にまみれた説得に応じただけです。

ヒトラーは酒も煙草もやらず、肉も食べなかったわけですが、この点についても徹底した全体主義者とは言い切れない部分があります。自身が酒、煙草、肉食をしないのは個人の嗜好に過ぎず、言うまでもなく、これをもって則ち全体主義者の特性だとは言えない。それを社会全体のルールにしようとするところから全体主義。この点に限って言うと、ヒトラーは全体主義ではないのです。

smoking on the train, 1920s 国が不明ですが、ヴァイマル時代のドイツっぽい。

 

 

酒、煙草、肉食をやらないのはヒトラーの個人的嗜好

 

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ナチスの本を読みながら、ずっと気にしていたのは酒や煙草や肉食です。

ワーグナーもヒトラーもフォードも煙草も酒もやらず、積極的には肉を食べませんでしたムッソリーニも同様です。体の中から悪いものを排除することと、異民族を排除することとのつながらなど、ここになにかあるのだろうとは思うのですが、では、それがナチス全体、ドイツ国民全体に反映されていたのかどうか。

ここは単純ではありません。全体を見ると、ナチスは国民の健康を目指した「全体主義国家」と言えますが、個別に見ると、徹し切れていないところがあります。

ドイツでの禁煙、禁酒の動きはナチス政権以前から始まっています。この動きは帝政時代から早くも始まっているのですが、とくにヴァイマル時代以降はガンの研究でドイツ医学が先行していたことが関わっています。

ナチスの時代になってからは、帝国健康局(Reichsärztekammer)がこれを引き継ぎ、拡大をしてきます。禁酒については米国の禁酒法がすでに失敗していたためもあるのでしょうが、酒よりも、煙草の規制が具体化していきます。

この帝国健康局は、レオナルド・コンティ(Leonardo Conti)をトップとして、T4作戦や断種、人体実験を主導した部門であり、喫煙に対しては、電車やバスの中での禁煙、その他の公共の場での禁煙、喫煙年齢の設定、広告の制限、増税などの施策を打ち出します。たいていの国で現在行われている施策はナチスにルーツがあります。だからといってそれだけをもって否定すべきでもない。

その根拠はとくに妊婦への悪影響でした。優良なゲルマン民族の子どもを生むことが女性の責務であるナチスドイツにおいては由々しき問題であり、女性の喫煙に対しての抑制策がとられました。

現在でも妊婦への悪影響が指摘されているわけですが、その始まりがナチスドイツであり、このことはヴァイマル的フラッパーに対する抑制として利用されていった側面があります。ここからちょっと怪しくなってくる。

 

 

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