松沢呉一のビバノン・ライフ

幻の科学技術創造立国と不正を禁じる制度の整備—カンニングの仕組み[1]-(松沢呉一)

武蔵野美術大学は勝海麻衣の卒業を取り消すべきか否か[下]—懲戒の基準 26」からそこはかとなく続いてます。

 

 

 

自己破壊した二人

 

vivanon_sentence深井智朗と勝海麻衣を取り上げたことによって、ひさびさに著作権について考えています。また、銭湯、美術、大学について考える時間が思い切り長くなりました。今まで「ビバノン」に出した話からはみ出すこともいっぱい考えてまして、それらは別枠でやっていくことにしました。この新シリーズがそれです。

深井智朗と勝海麻衣に対して、ついついここまで書いてしまったのは、もともと著作権に興味があるということが最大の理由ですけど、人に興味があるからでもあります。彼ら個人に興味があるというより、広く「パクってしまう人」「パクってしまう環境」に興味があります。

文化庁のサイトで「研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて」を読んでいたら、不正は「自己破壊につながる」というフレーズが出てきました。まさに彼らはそのことを見せてくれました。

では、どうしてそこまで至ってしまうのか。どうしたら解消が可能なのか。

深井智朗と勝海麻衣についてはここまで見てきたように、大学の責任があります。深井智朗に関わる東洋英和女学院、勝海麻衣に関わる東京芸大および武蔵野美術大学とではそれぞれに責任の質や程度が違い、ここまでの学校の動きも違うわけですが、この時に根拠になる処分の規程は実のところ、それほど古いものではありません。

これらの大学に限らず、研究活動の不正や学位に関する不正についての規程は2000年代に入ってからのものです。

まずそのことを確認しておきます。以下、正確さや緻密さに欠けますが、ざっと私が理解したことです。

 

 

学校における不正についてのルールと処分についてのルールの整備

 

vivanon_sentence東京芸大大学院は勝海麻衣を懲戒処分すべきか否か[中]」でも軽く触れたように、2000年代に入って、盛んに日本では不正行為に甘いとの指摘が出て、2006年に文科省が「研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて」を出しています。

これは科学技術分野の報告書ですが、日本は「科学技術創造立国」というのを標榜しているらしい。知らんかった。しかし、不正行為があとを断たず、このままでは国際的な競争に勝てないというので制度の整備が求められている、ってな内容。不正のある研究に金を出すのは無駄ですし、放置をすると、「日本の研究は精度が低い」という評価にもなってしまいましょう。

科学技術分野では国際競争が激化し、情報管理が厳しくなって外からのチェックができず、また、チェックしようにも、専門化が進んだため、専門外の研究者は内容を精査することができにくく、閉鎖的な環境で研究活動が進み、「悪しき仲間意識・組織防衛心理が事なかれ主義に拍車をかける」傾向があり、その結果、自浄作用が働きにくい点を不正増大の理由に上げています。

ここには科学技術分野特有の事情もありながら、どこの世界でも自浄作用は働きにくい。仲間うちはかばい合うし、不正があってもそれを指摘してやめさせることはしない。とくに上下の関係があると、下から上への指摘は難しく、報復も怖い。

こういうのはちょっとやそっとでは変わらないので、ルール整備によってこの改善を図るしかない。人の心を変えることは難しく、制度で無理矢理変える発想です。

ここから各大学でルールの整備が始まって、2010年頃までには多くの大学で、研究活動での不正についての規程ができていて、各大学に通報窓口も設置されます。密告みたいでいやらしいですが、そうでもしないと情報が外には出にくいのです。

 

 

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