松沢呉一のビバノン・ライフ

武蔵野美術大学は勝海麻衣の卒業を取り消すべきか否か[下]—懲戒の基準[26]-(松沢呉一)

武蔵野美術大学は勝海麻衣の卒業を取り消すべきか否か[上]—懲戒の基準 25」の続きです。

 

 

 

千葉大のケース

 

vivanon_sentence卒業取消や学位取消については今まで何度か議論になったことがあります。ひとつは2016年に発覚した埼玉県朝霞市の中学生誘拐事件です。

 

2019年2月20日付「時事ドットコム

 

タイルが好きなことをGoogleに完全に把握されていて、タイルの広告がやたら表示されることがわかるようにしてみました。好きだけど、買わないって。

2016年の逮捕時、被告は千葉大工学部の卒業式を終えていたのですが、3月31日付で、千葉大は卒業を留保処分に。卒業式は卒業見込みを前提とした儀式にしか過ぎず、正式には3月31日が卒業であり、卒業前に大急ぎで留保処分を決定。退学ではなく、留保にしたのはこの段階では容疑者に過ぎず、なお犯行が確定していなかったためと思われます。

以下は千葉大学長名で発表されたもの

 

 

 

公務員でも会社員でもそうですが、刑事犯罪をやった場合の懲戒はどの段階で決定するかという問題があって、逮捕時から判決時まで幅がありますが、東大の「逮捕・勾留された学生の懲戒処分に関する指針」のように、「本人が認めた段階」というのが合理的なタイミングのひとつでしょう。懲戒は警察、検察、裁判所の決定を待たず、事実があればよく、事件化しなくても懲戒は可能です。しかし、本人が認めていない場合、認めているか否かを確認できない場合は、逮捕、書類送検、起訴、判決を待つか、その過程のどこかで客観的判断ができた時に処分をすることになりのす。

千葉大のサイトを見る限り、その後のことは書かれておらず、判決が確定した段階で判断するのか、在学限度年数に達した段階で退学処分にする模様。

こうも慌てて留保を決定したのは、「ここで対策をとっておかないと、未来永劫、千葉大卒と言われてしまう」なんてことではないでしょう。どのみち「犯行当時は千葉大生」と言われ続けるわけですから、そうすることにあまり意味がない。

「今回は面倒なので放置」というのはまずくて、それが先例になって「誘拐事件を起こして処分がなかったのに、どうしてケンカして人を殴っただけで退学なんだよ」ということになりましょうし、先例にならなくても、ルールは公平性が必要ですから、重大な犯罪をやった場合に「面倒か面倒じゃないか」で判断するのはおかしい。

卒業してしまうと事が面倒になりますので、在学中に決着をつけておきたかったのでしょう。面倒か面倒じゃないかで判断してますが、公平性を確保するために、まだしもやりやすい時にやったってことかと思います。

Googleストリートビューより千葉大学西千葉キャンパス

 

 

懲戒の対象は卒業生ではなく学生

 

vivanon_sentenceそもそも被告は犯罪以外の点ではつつがなく卒業に至っていて、その時点でなお学籍があることは形式の話に過ぎませんから、犯罪をやっていた事実を持ち出して懲戒にする必然性がありません。

そこで千葉大は「学位授与の方針」の中に「自立した社会人・職業人として、自己の設定した目標を実現するために自ら新しい知識、能力を獲得でき、自己の良心に則り社会の規範やルールを尊重して高い倫理性をもって行動できる」とあることを根拠に挙げます。つまり、ただの知識、能力に授与するのではなく、「倫理性をもって行動できる人」に対して授与するものなのだから、この点につき授与に疑いが生じたってことです。

千葉大は「懲戒処分事由」云々を持ち出して混乱を生じさせているようにも思いますが、その点を除けばそう判断した論拠はわかります。同意できるのではなく、筋として理解はできる。いわば建前上の方針が、学位の絶対的条件になるとは思えないのですが、「学位授与は、そこに瑕疵があったことがあとになってわかった場合でも、遡って取り消すことができる」というのが有力説です。

「過去の犯罪が卒業後に露見したことに対して懲戒処分はできないが、卒業論文に不正が見つかった場合は無効にできる」ということです。無理矢理な感もありますが、千葉大の措置はこれに則っています。

小保方晴子さんの件を思い出すとこのことはわかりやすい。あの場合、博士論文に盗用が多数見つかったため、一年間の猶予を置いて、博士論文の出し直しを求め、結局、提出されなかったために博士号は取消になっています。懲戒ではありません。

 

 

next_vivanon

(残り 2355文字/全文: 4224文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

会員の方は、ログインしてください。

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ