松沢呉一のビバノン・ライフ

ヒトラー・ユーゲントとドイツ女子同盟は不良の温床に—ナチスと婦人運動[8]-(松沢呉一)

全体主義と闘った個人主義者たち—ナチスと婦人運動[7]」の続きです。

 

 

不良少年少女たちの抵抗

 

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青少年のナチス政権への不満はすぐさま反ナチス・反ヒトラーという明確な形になったわけではなく、表層的には「放任の結果とみなされるべき軽度の法律違反。すなわち浮浪、大人との性交、青少年同士の猥褻行為、徒党による不良行為など」として表れました。

これら不良少年少女の増大に当局は頭を悩ませるのですが、なにしろゲルマン民族の将来を担う若者たちですから、片っ端から強制収容所に送り、手に負えない者たちを裁判を経ずに次々処刑するわけにはいかず、この結果、裁判所は飽和し、1940年には「青少年保護のための警察命令」を出します。日没後に戸外をうろつくことや酒場や娯楽施設への立ち入りを禁じる内容です。スウィングスの逮捕はおそらくこの命令が根拠でしょう。

それでも数字は増え続けていきます。

以下はH・P・ブロイエル著『ナチ・ドイツ清潔な帝国』より。

 

ミュンヘン上級地方裁判所が一九四二年四月に出した状況報告によると、考え方や生活態度の乱れはとくに女の子に強く見られた。十四歳ではやくも国防軍の兵士や労働奉仕団員とためらいもなく性関係を結んだり、ヒットラー・ユーゲントの集会後、夜なかまで町をうろついたり、禁じられた映画を見たり、堕落した大人たちの誘いにのったりしていた。

※本書では「ヒットラー」という表記になってます。

 

 

未婚の出産を推奨、サポートしたことは堕胎減少のためには効果があったわけですが、その結果、婚姻外セックスが公然となされるようになります。先頭を切ってそれをやったのが少女たちでした。14歳からやる。同じ世代とやる。大人とやる。複数とやる。金をもらってやる。しかも安価でやる。

ある15歳の娘は、男と遊び歩くことを親に注意され、「もし妊娠したら、わたしは総統がいつも要求しているとおりの、ドイツの母になれるじゃないの」と答えたそうです。ナチスの教えに忠実です。どんなに若くても、また、未婚であっても、総統への贈り物ができるのです(子どものことを「総統への贈り物」と当時は呼んでいた)。

中には本気でそう考えていたナチス信奉者もいたでしょうが、ほとんどは個人の欲望に忠実だったのであって、その名目としてナチスの方針を利用したのだろうと想像します。ナチスの全体主義を個人主義に逆転させたのです。素晴らしい闘い。

子どもらは学校以外の時間をヒトラー・ユーゲントやドイツ女子同盟に費やし、そこで思想教育をされていたため、親たちの手の届かないところに行ってしまって、子どもに密告をされることが怖くて、親は子どもとの会話にさえ気をつけなければならなくなっていました。ナチスとしては古い世代から新世代を切り離したかったのでしょう。ところが、新世代はナチスの思惑をも利用し、ヒトラーの名前を出されると、親は叱れない。

SSやSA、兵士たちの性欲処理に利用された面もありましょうが、上の引用文を見ればわかるように、彼女らは自ら道徳を乗り越えていきました。

全員がそうだったわけではないにしても、そういう層が確実に生まれていて、そのため、ドイツ女子同盟(Bund Deutscher Mädel)の略称BDMをもじって「Bund Deutscher Matratzen」(ドイツマットレス同盟)、「Bund deutscher Milchkühe」(ドイツ乳牛同盟)、「Bettunterlagen deutscher Männer」(ドイツ男性用寝具)、Bubi,Drück Mich」(坊や、私として)などと揶揄されました。

Bund Deutscher Mädel in der Hitler Jugend BDM mit Horst Wessel Lied Die Fahne Hoch 着色しました。ナチス関係の動画はネオナチが出していると思われるものも多く、この動画にもさまざまな規制が入ってます。私はこの背後にヤリマン・レジスタンスを見ますから。削除はしないで欲しい。

 

 

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