松沢呉一のビバノン・ライフ

教育とパターナリズムの密接な関係—懲戒の基準[29]-(松沢呉一)

川越市の秀明学園に損害賠償の支払いを命ずる判決—懲戒の基準 28」の続きです。

 

 

例題

 

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以下は「新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース」に出ていたものです。もし知人に相談されたらなんと答えるか考えてみてください。

 

 

質問:私の息子は,私立中学校の2年生です。2学期の終業式の日に学校の教頭先生から両親が呼び出しを受け,息子の素行不良により自主退学を勧められてしまいました。学校が説明する素行不良というのは,破壊力を増す改造を施したエアーガンを学校で発射して,花瓶など学校の備品を壊したというものです。息子は,花瓶を狙って撃ったのではなく,空き缶などを撃って遊んでいたところ,的を外れた弾が当たって壊してしまったと言っており,同級生の目撃者もいるとのことです。エアーガンの件で注意を受けたのは今回が初めてですが,2学期の初めころ,サバイバルナイフ(刃体の長さ7センチメートル)を学校に持ち込んでいたことがあり,保護者面談の際に担任の先生から口頭でお叱りを受けたことが1回あります。教頭先生の話では、期限は定めないのでよく考えてほしい,時間がかかるようなら新学期は当面お休みさせてほしいと言われました。いきなり退学というのは納得いきません。せめて停学程度が相当かと思うのですが,いかがでしょうか。

 

 

相当の悪ガキです。前回取り上げた秀明中学校の件で、「放火だ、寮が焼けたらどうする。退学処分は当然だ」と騒いだ人々に倣えば、この質問に対しては「殺人だ。人が死んだらどうする。退学処分は当然だ」ということになりましょう。

質問では、自主退学を勧められただけですけど、「もしいきなり退学処分であったなら」という仮定で、回答はこうなっています。

 

今回お寄せいただいたご相談の限りの事実関係であることを前提とすれば,仮に上記のような訴訟になった場合,勝訴判決が得られる見込みは非常に高いものといえるでしょう。

 

えーっ、これでも勝てる可能性が高いのか。と私でさえ意外に思いました。

私は私的領域の行動に対しての処分は軽くていい、もしくは処分しなくていいとの考えが強いだけで、学校であれば学内、会社であれば社内はそれぞれ学校や会社が支配している場所であり、そこでの行為については厳しくてもいい(「厳しくしろ」ではなく、そこについては会社なり学校が処分することは正当であり、それが厳しくとも基準が明確であれば文句は言えない)と思っていますから、てっきりこのケースでは勝てる見込みは薄いのかと思いました。

人を傷つけてはいないにしても、器物損壊ですから、犯罪です。しかも、サバイバルナイフの件もあります。改善の見込みなしと見なされてもやむを得ないだろうと。

なぜこれでも勝てる可能性が高いのかについては丁寧に説明がなされているのでリンク先をお読みいただくとして、学内であっても、簡単には退学処分にはできないってことです。秀明中学校の件でも、出ている情報を見る限り、原告が勝ったのは納得できるってことを改めて確認しておきます。

にもかかわらず、多くの人が秀明中学の裁判で学校側につき、判決を不当としました。これは法規や判例を知らず、調べようともしないってこととともに、「学校をめぐる契約はどうなされるべきか」「学校が踏み込めるのはどこまでか」みたいなことを日頃考えていないために、権力者たる教師、学校の裁量を最大限拡大してしまうってことだと思います。

これはこの国に浸透したパターナリズムのわかりやすい例です。

※医療の世界でも、医師と患者という圧倒的な不均衡な関係でパターナリズムが出やすいわけですが、インフォームドコンセントの考え方がそれなりには浸透して、意思表示ができる患者についてはその意思を尊重する医師が増えているし、一般にも医師のパターナリズムには不快感、不信感を抱く人が増えているでしょう。このことを例にして、内面化したパターナリズムを意識するといいかも。とくに若年層の教育ではパターナリズムの完全排除はできないため、意識することも難しいのです。

 

 

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