松沢呉一のビバノン・ライフ

愛とセックスは処罰できない-ドイツ人を襲った報復—ナチスと婦人運動[12]-(松沢呉一)

レーベンスボルンの戦後とドイツ人の戦後—ナチスと婦人運動[11]」の続きです。

 

 

ドイツ人への報復

 

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前回見たレーベンスボルンの子どもらに対するノルウェー政府の扱いはひどいですが、レーベンスボルンの戦後処理についてはどう考えるべきか判断しかねるところがあります。ノルウェー政府のしたことのすべてを批判しづらいところがあるのです。結論は出せないながら、そのことを説明しておきます。皆さんもよーく考えていただきたい。

ナチスに占領された国で、ナチスに協力したそれぞれの国の人々は、ナチス支配が終わるとともに、しばしば処罰され、迫害されています。強制収容所で雇われた看守たちが死刑になったり、収容者や米兵によって殺されたこともそのひとつです。

強制収容所では、ユダヤ人やジプシーの虐殺に直接関与し、時には不要に虐待をして殺したりしていたのですから、これは妥当。残るは手続きの問題だけ。

また、ナチス支配下で役人や政治家をやっていた者たちも暴行を受けたり、殺されたりしてます。これも手続きを踏むべきだったろうと思いますけど、しゃあないかと。

さらにドイツ系民間人もチェコスロバキア、ハンガリー、ルーマニア、ユーゴスラビア、ポーランド、フランスなどでも多数制裁され、殺されてもいます。これは不当。

それらの国にもともと住んでいた「民族ドイツ人」はドイツに連れていかれて再教育されたわけですが、それを逃れた者たちはナチス崩壊後に迫害され、1945年から1950年までの間にヨーロッパ全土で1千万人以上がドイツに強制的に移住させられています。その過程で少なくとも50万人が飢餓や病気で死亡。その多くは老人、女、子どもでした。

この記事によると、アウシュヴィッツなどの強制収容所が彼ら民族ドイツ人を収容する施設として使用された例もあるようです。やっていることはナチスと一緒、施設も一緒。そこで虐待されて殺されるようなことはないとは思いますが、病死したのはいそうです。

たしかにナチスドイツは多くの人々を強制移住させ、その果てに殺しました。戦後、同じような目に遭ったドイツ人の中には、それら地域の支配のためにドイツから侵攻したドイツ兵とその家族や再度送り込まれた民族ドイツ人たちもいたでしょうが、もともとそれらの地域に住んでいた人たちはナチスに投票したこともなかったのだし、ナチスに子どもを誘拐された被害者も混じっていそうです。なんの責任もない。

ヒトラーやヒムラー、ゲッベルスらはとっとと自殺し、ゲルトルート・ショルツ=クリンクやルドルフ・ヘスらは隠れ、ヨーゼフ・メンゲレ、アドルフ・アイヒマンらは南米に逃げたあとの尻拭いをどうして彼らがやらなければならないのか。

ジョージ・オーウェルやバートランド・ラッセルなどが当時批判していましたが、ドイツ以外ではほとんどこの事実は問題とはされていないらしい。

An estimated 500,000 people died in the course of the organized expulsions; survivors were left in Allied-occupied Germany to fend for themselves. ナチスがユダヤ人にやったことと変わらない。戦争に負けた日本の民間人も満州等でそうなったわけですが、「戦争に負けるとこうなる。だから死ぬまで抵抗しろ」ということにもなってしまうし、降伏を遅らせてしまいます。

 

 

制裁していい行為、制裁してはならない行為

 

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フランスではナチス占領下でドイツ兵と懇意だった女たちは、髪の毛を切られ、顔にハーケンクロイツを描かれ、罵倒を浴びながら、引き回されました。

その数2万人以上。これまた記録がないので正確なことはわからず、その数倍になるとの説もあります。

彼女らはドイツ兵を相手にした売春婦たちや恋人になった女たちであり、また、ドイツ兵の子どもを生んだ女たちです。

この制裁にも大いに疑問があります。売春婦は客を選ばないってだけでしょう。恋愛対象、セックスの対象は自由です。敵兵であっても好きになること、セックスをすることは罪ではない。それは個人と個人の営為であって、国家とは無関係です。

腹が立つのはわかるけれど、これを制裁するのではユダヤ人や外国人との性行為や結婚を禁止したナチスと同じ、それに反した女たちをリンチしたドイツ国民と同じになってしまいます。

もちろん、それを超えてナチスに協力した事実があれば、その部分では制裁されていいとして、個人の領域に留まっている限りは制裁は不当です。これはドイツ人であっても同じです。ナチス幹部の家族であってさえも、そのことだけで制裁されるべきではない。

 

 

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