松沢呉一のビバノン・ライフ

マイチャイルド・レーベンスボルンとセンカチュ—ナチスと婦人運動[13](最終回)-(松沢呉一)

愛とセックスは処罰できない-ドイツ人を襲った報復—ナチスと婦人運動[12]」の続きです。

 

 

「マイチャイルド・レーベンスボルン」の発売

 

vivanon_sentence2018年には、レーベンスボルンで生まれた子どもをゲームにした「マイチャイルド・レーベンスボルン」(My Child Lebensborn)がノルウェーで発売されています。

 

 

 

ゲームなんてすっかりやらなくなっているので、こんなものが出ていることに驚きました。

このゲームのトレーラー。

 

 

 

これを観ただけで胸がいっぱいになりました。この先、産みの親が登場したらどうしたらいいのでありましょう。本人に決めさせるのがいいのかもしれないけれど、子どもがそんなことを決められるのか。もしあちらを選んだらどうしよう。しょうがないのか。

「このゲームをやって泣きながら悩むか」と思ったのですが、スマホで買物をしたことがなくて、自分の暗証番号というのがわからずに挫折しました。以来、自分ではやっていないのに、人には勧めてます。

このゲームのプレイヤーは、レーベンスボルンで生まれた子どもをもらい受けて養育する立場で、「レーベンスボルンで子どもを産んだ母親の責任」「私的な行為を国家に譲り渡すことの危険」「母性保護の行きついた果て」といった面倒なことは考えなくていいようになっているのかも。

そこまで考えた方がいいとも思うけど、ただひたすら子どもに対する社会の差別的扱いや国家の差別的扱いに憤り、この子らを生み出した全体主義国家ナチスの残酷さを実感し、それとともに歴史を学ぶってことでしょう。ナチスと、それに反対したはずの人たちは白と黒、正義と悪、プラスとマイナスとして、まったく違う存在だと見ることができるのかどうか、困惑するだけでも意味があります。

このナチス・シリーズで私は一貫してそのことに困惑してきました。結局人は生まれた環境次第で、どっちにでも転び得ることを踏まえて、その環境に左右されない意思や論理が必要ってことです。

 

 

菓子までドイツに奪われたポーランド

 

vivanon_sentenceでは、最後に、もうひとつ困惑する話を書いてこのシリーズを終わっておきます。

 

 

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