松沢呉一のビバノン・ライフ

人体実験のメンゲレは逃亡、看守は処刑される理不尽—収容所内の愛と性[5]-(松沢呉一)

ビンタをして処刑されたエリザベート・フォルケンラート—収容所内の愛と性[4]」の続きです。

 

 

 

男は逃げて女は処刑

 

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残虐性では知られるドロテア・ビンツ(Dorothea Binz)という女看守もいました。彼女はベルゲン裁判ではなく、ラーフェンスブリュック裁判です。

今までに何度か出てきてますが、ラーフェンスブリュックはおもに女のための収容所で、絶滅収容所ではなかったので、当初、殺す施設はなく、1944年末にガス室ができるまで、処刑する収容者はアウシュヴィッツに送り込んでました。しかし、収容所内で手続きを経ずに看守が収容者を殺すことがあったようです。

彼女は1920年生。料理人の見習いで、1939年にラーフェンスブリュックで厨房の担当として雇用されますが、拷問(懲罰?)の部門に配置されます。彼女は犬をけしかけて収容者の腕を噛みちぎらせ、スコップで首を切って殺害したなどの証言が残されています。

既婚者であったノイエンガンメやラーフェンスブリュック収容所で司令副官だったエドムント・ブロイニンク(Edmud Bräuning)の愛人であり、収容所の外に家を構えて同棲しておりました。

エドムント・ブロイニンクは副官だった上に、死の行進でも多数の収容者を殺害しており、確実に死刑になったでしょうが、敗戦とともに行方をくらましています。力ある者はうまいこと逃げて、愛人のドロテア・ビンツは1947年5月2日に処刑されています。

この人の残虐伝説もどこまで本当なのかわかりません。その後の小説や映画でも水増しされているのは間違いなく、また、裁判の段階でも英米の報道で、女看守たちの残虐性がフレームアップされていて、そのイメージで有罪になっている可能性があるのです。

「女を処刑するのはかわいそう」なんて思わないですが、このことは「力ある者」「地位が上の者」は責任逃れをするってことです。現に捕まらなかったんだから、裁判にかけようがないのですけど、下っ端がこうもいい加減な裁判にかけられて死んでいったことに対しては同情しないではない。いかにナチスの看守と言えども。

Dorothea “Theodora” Binz 逮捕されて以降のやさぐれた写真とは全然違うので、写真が間違っているのではないかと疑わないではない。

 

 

選別に関与した場合は重罪に

 

vivanon_sentenceエリザベート・フォルケンラートの容疑は、アウシュヴィッツで誰をガス室に送るのかの選択に関わったことと、虐待行為ということになっています。虐待は平手打ちだと本人は言っています。ビンタです。一回二回ではなく、これは相当の回数に及ぶようです。

アンネリーゼ・コールマンが懲罰のためであれ、鞭打ちをしていたことで懲役刑をくらったように、その意図を問わず、暴行をやっていると有罪になりやすくはあるのですが、頻繁に叩いていても、平手打ちだけだと無罪になっているケースもあります。現在の日本でも平手打ちと棒で叩くのでは扱いは相当に違う。たいていの場合、打撲等で後者は傷害罪でしょうし。

エリザベート・フォルケンラートやイルマ・グレーゼと同じベルゼン裁判で裁かれたアンナ・ヘンペル(Anna Hempel)はラーフェンスブリュックに3週間、ベルゲンベ・ルゼン強制収容所に2ヶ月足らずいて、1945年4月に腸チフスで倒れて入院。ベルゲン・ベルゼンでの腸チフスの蔓延はやはりすさまじかったようです。看守は入院できるからいいようなものですが、それでも多数死んでいます。

この人は厨房を担当していて、ベルゲン・ベルゼンにいる時に規則違反の男の収容者を棒で殴ったことがあるだけですが、懲役10年。これも十分重いですが、死んだら別にして、懲罰のために叩いただけなら10年が上限か。

エリザベート・フォルケンラートはビンタをしていたことよりも、選別に関与したことが重く見られたのでしょう(追記参照)。

容疑と判決を見ていると、誰を殺すのかの選別をする担当は非人道的行為として重くカウントされていたようです。

医師のフリッツ・クラインはベルゲン裁判で「他の医師はやっていたが、自身では人体実験はしていない」と言ってますが、人体実験に関与していなくても、選別に関与したことで死刑です。選別の最終決定はしばしば医師と看護婦であり、それについては認めているので死刑は妥当かと思います。

決定権を持つ医師や看護婦だけじゃなく、看守もこの決定に関わったのがいるのですが、上から人数を指定してきたら、下っ端としては選ぶしかないわけで、命じられて実行する下っ端より、命じているのが圧倒的に悪い。さもないと、もっとも悪いのはガス室にユダヤ人を送り込む収容者の特殊部隊ってことになってしまいます。

この点は少しは考慮されていたようで、エリザベート・フォルケンラートは繰り返し自分の感情で選別したのではないかと裁判で問われています。つまり、誰をガス室に送り込むのかを決定できたのであり、なおかつ機械的に選別したのではなく、私情が入っていたのではないかと。しかし、本人は一貫して否定しています。

生きるか死ぬかの瀬戸際ですから、ウソを言っている可能性は十分にあるのですが、彼女の場合は状況から考えて、選別できる権力まではなかったと思われます。

Anna Hempel

追記:生存者の証言ではフォルケンラートがひどい暴行をやって死亡した例も複数出てきて、これらが事実であるなら死刑も妥当だと思えますが、どこまで信用できるのかがわからない。

 

 

医師は逃げて、婦長は死刑

 

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選別の仕事に深く関与していた看守にエリザベート・マルシャル(Elisabeth Marschall)がいます。ラーフェンスブリュックの看護婦長で、この人もラーフェンスブリュック裁判です。彼女は誰をアウシュヴィッツに送って殺すかを決定していました。

 

 

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