松沢呉一のビバノン・ライフ

二重スパイのレズビアンと空飛ぶ医師/カルメン・モリーとアン・スポリー—収容所内の愛と性[23]-(松沢呉一)

収容所での売春と脱走を試みるカップル—収容所内の愛と性[22]」の続きです。

 

 

 

死刑を免れようのないマリア・マンドル

 

vivanon_sentencePlaying for Time」でのマリア・マンドルは人間味のある人物として描かれています。もちろん、収容者にとっては絶対的な存在であり、鞭を手にする冷酷な側面もかいま見せてはいますが、決して悪魔ではない。

その描き方はどこまで史実通りなのかわからないのですが、音楽をこよなく愛し、「マダム・バタフライ」を愛聴していたのは事実だったらしく、ファニア・フェヌロンの手記ではマリア・マンドルはそのように描かれていた、つまりオーケストラの前では決して悪魔ではなかったのでしょう。

「Playing for Time」では「残虐、しかし、音楽は愛する」というコントラストをはっきりさせた人物として描いた方が面白いはずで、そうしなかったのはたぶん原作のままだろうと推測します。

この人もまた実際以上に残忍な人間として扱われすぎているのではないかとの想像もできます。しかしながら、マリア・マンドルがさほど残忍ではなかったとしても、いかに素晴らしいオーケストラを組織したのだとしても、オーケストラのメンバーは殺されずに済んだのだとしても、責任ある立場にいた以上、かつ選別にも関与していた以上、死刑でいいとは思います。

対して、エリザベート・フォルケンラートはマリア・マンドルの直属の部下だったために、ともに処刑されたようにも思えて、彼女までが処刑されるべきだったのかどうかについては疑問があります。それでも親衛隊員や看守は、多かれ少なかれ、ヒトラーやナチスを崇拝し、ホロコーストを知りながら好んで加担したのですから、自業自得ではありますけど、収容者についてはどうしても同情が生じ、裁判の不当性に怒りを感じてしまいます。

ニュルンベルク裁判の不当性については戦後ドイツでもたびたび指摘されてはいるようで、それも検討しておいた方がいいかと思って本だけは買ったのですが、ナチスの本を封じたため、読まずじまいになってしまいました。あの裁判の被告たちは責任ある人々なので、その手続きや判決にいささか行き過ぎたところがあったとしても、それに憤りはおそらく私は感じないだろうと思います。死刑以上の刑がないからしょうがないのですが、それら責任ある人たちと同じく、収容者が死刑になったケースに対してはとめどもない憤りが生じます。

ここまで出てきた人物で、処刑された収容者は一人もいないのですが(ゾッデルは解放後の殺人なので話はまた別)、どうしても私が納得しがたい収容者の処刑があります。

Young girls suffering from typhus recovers in their new cot in No 3 Camp. They have been bathed, reclothed and put into a clean bed. 着色してます。2人ともかわいい。解放直後のものです。腸チフスに罹っていたようですが、助かった模様。ただかわいいからここに出したのではなく、気になることがあるのです。これについては数回あとで。

 

 

二重スパイだったカルメン・モリー

 

vivanon_sentence続いてラーフェンスブリッュク裁判から、収容者の被告を見てみましょう。

ラーフェンスブリッュク裁判は英軍によって第7回まで開かれていて、第1回目は1946年12月5日から1947年2月3日に開かれ、被告は16名。うち7名が女です。7回のトータルで38名が被告となり、うち21名が女性。ここまで見てきたように、ラーフェンスブリッュクは主に女の収容者を集めた施設でしたから、スタッフも女が多く、こういう数字になったのは理解しやすい。

1回目の16名のうち収容者は3名で、3名ともカポです(はっきりしない人を含む)。ベルゼン裁判ではカポではない職長の収容者が多かったことから、やはりベルゼン裁判は無理のある陣容だったことが推測できます。

全員有罪判決が下っていて、もっとも軽くても懲役10年ですから、この点でも、無罪が多数いたベルゼン裁判とは違います。

うち11名が死刑で、1名は裁判中に死亡しています。死刑率が高いのは、第1回目は医療関係の被告が多かったためでもあります。医師が5名いて(裁判中に死亡したのも医師)、3名が死刑(うち1名は死刑執行前に自殺)。看護婦長のエリザベート・マルシャルも死刑(Elisabeth Marschall)。たいていの収容所では、誰を殺すのかの決定は医師が行なっていたためです。こういう仕組みの中ではそうするしかなかったわけで、この仕組みを作り出した責任はもっと上の連中にあるのですけど、現にその役割を果たした以上、重罰はやむを得ないかと思います。

医師で1名のみ死刑を免れたマルティン・ヘーリンガー(Martin Hellinger)は歯科医です。収容者の遺体から金歯を抜き取った容疑で、懲役15年になってます。金歯の抜き取り専門で、選別には関与していなかったためです。

この中で私が注目したのはまずこの人です。

 

 

Ravensbruck Trial Ends: WWII Nazi War Criminals (1947)」より

 

これはラーフェンスブリュック裁判の判決を言い渡された瞬間をまとめた動画からです。彼女は十字を切っているところで「早くしろ」とばかりに退場させられています。

 

 

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