松沢呉一のビバノン・ライフ

共産主義者が親衛隊員と間違われて被告に仕立てられた杜撰な裁判—収容所内の愛と性[9]-(松沢呉一)

ドイツ軍と闘ったボーランド兵が懲役15年の無情—収容所内の愛と性[8]」の続きです。

 

 

 

ポーランド人が裁判で不利だった理由

 

vivanon_sentenceアントーニ・アオルトジーク(Antoni Aurdzieg)もポーランド人です(ボーランド人の名前の読みがわからないのでドイツ語読み)。

経緯がはっきりしないのですが、1941年10月、2日間、仕事をさぼったためにゲシュタポに逮捕されます。この程度でゲシュタポに逮捕されることは考えにくく、おそらくドイツによって制圧されて以降、ドイツに労働者として連行されて、その先でサボタージュをやったのでしょう。ただのサボりではなく、反ナチスの行動としてのサボタージュであり、反ナチス運動では消極的な運動としてサボタージュを呼びかけていて、白バラのビラでも呼びかけてました。

彼はザクセンハウゼン収容所に送られ、ここに2年間いて、外部の工場で労働者をやったあと、1945年3月23日にベルゲン・ベルゼン強制収容所に送られました。

ベルゲン・ベルゼン強制収容所ではバタバタと収容者が腸チフスで倒れ、そこに他の収容所から死の行進を生き延びた人々が流れ込む混乱の中で英軍に解放されるわけですが、このわずかな期間に赤軍捕虜とのトラブルがあったらしく、その容疑です。

そりゃ喧嘩くらいあったでしょうが、ここでも連合国同士の取り決めがあったのか、赤軍との喧嘩でも一方的に裁かれたのではなかろうか。彼は懲役10年です。

Antoni Aurdzig ナチス式敬礼をしているのではなく、宣誓しているところでしょう。

 

 

ドイツ語がわからない人にドイツ語で取り調べをした

 

vivanon_sentence彼が不利だったのは言葉がわからなかったからでもあります。尋問はドイツ語で行なわれているのです。言葉がわからないのでボーランド語の通訳をつけて欲しいと頼んでも、ドイツに長いのだからドイツ語がわかるはずだと言われ、最後はピストルを突きつけられて、調書にサインをさせられたと言っています。こんなことをバラしたから心証を悪くしたのか?

長いと言ってもほとんどは強制労働と強制収容ですから、会話なんてする余裕もなかったでしょう。

収容所の映画を観ていると、全員が流暢に英語を話しているわけですよ。んなはずがない。ドイツ映画だとドイツ語であり、事実、収容所の「公用語」はドイツ語でした。占領期間が長かった地域だとドイツ語を話すように強いられた期間も長いため、若い世代ではドイツ語を話せるのがいたでしょうが、ポーランド人はドイツ語が話せない人が大半だったはずです。

どうやってコミュニケーションをとっていたのかと言えば、それぞれの国の人たちで固まって、その外側の人たちとはほとんど交流しない。必要な場合は話せる人を間に立てる。

とくにドイツ語を話せない収容者グループは、親衛隊員や看守の名前も把握できておらず、英軍が証人として収容者に写真を見せて「こいつを知っているか」と聞いて、言葉も正確ではないままに聞いた話が数々の証言にされたのだろうと思われます。

それに対抗する被告の側も言葉の壁で十分な弁明ができませんでした。裁判においてもボーランド人は迫害されたのです。

Corpses, stripped of their clothing by fellow prisoners lay in the open. Blocks 41, 38 and 16 II of the Sternlager can be seen in the background. 解放された4月15日の様子。朝になって死んでいる人がいると、服を剥ぎ取って外に捨てたそうです。服を脱がせたのは自分たちが着るためです。これを処理する人員もいない。収容者自身が勝手に焼いたり、埋葬することもできない。焼却炉の燃料もなかったのではなかろうか。

 

 

親衛隊の制服を着ていたために逮捕された共産主義者

 

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この裁判がどのくらい慌ただしかったのか、被告のオスカー・シュミッツ(Oscar Schmitz)の例がよく物語ります。彼はドイツ人で、積極的ではなかったものの、ナチス政権樹立前は共産主義の活動をしていました。その言い方からすると、ドイツ共産党ではない団体かと思われます。ナチス政権樹立後もナチス党員にはならず、ナチス関連の団体にはどこにも所属してませんでした。

 

 

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