松沢呉一のビバノン・ライフ

なぜユダヤ人まで被告になったのか—収容所内の愛と性[10]-(松沢呉一)

共産主義者が親衛隊員と間違われて被告に仕立てられた杜撰な裁判—収容所内の愛と性[9]」の続きです。

 

 

 

反ナチスの抵抗運動の存在を疎んじた連合国

 

vivanon_sentence

前回見たオスカー・シュミッツの例でもうひとつ重要なのは、連合国は反ナチスの抵抗運動をまったく評価しなかったってことです。

オスカー・シュミッツの場合は、ナチス関連の組織に入ろうとしなかったことが直接には収容の理由になっていないため、考慮されなくてもおかしくはないでしょうけど、収容者の被告には広く反ナチスの活動や行動が収容理由になっている人たちが多数います。しかし、どの被告もさらりと説明しているだけで、検察や裁判官も、そこになんら意味を見出しておらず、聞きもしなかったのだろうと思われます。

これについては「カトリックの学生たちから始まった「白バラ」の評価—バラの色は白だけではない[3]」で説明した通り。英国はソ連に対する配慮はしつつも、戦争が終わればすぐさま敵です。脱ナチス化の中で、ドイツの共産主義勢力が拡大することは抑えたい。反ナチスの動きがあったことを評価すると、必然的にソ連の命令下で動いていた共産党員も評価することになるので、ソ連と無関係のリベラル派、アナキスト派、市民運動派の抵抗運動をもなかったことにし、連合国はドイツをまとめて悪の国と見て、その国民を等しくナチスドイツに加担した人々として扱おうとしました。ドイツ人のすべてが悪いのだと。その流れの中でポーランド人の抵抗運動もなかったことにされました。

対してまとめてユダヤ人は被害者としてその証言を重んじられました。連合国だって戦前はユダヤ人を見捨てたくせに。

A young woman photographed two days after the British entered the camp; her face still bearing the scars of a beating よく見かけるベルゲン・ベルゼン強制収容所解放後の写真。前回出した病院棟の写真でも右側にいる女の子が鼻を怪我しているのがわかります。労働させられていたわけですから、事故もあったでしょうが、それ以上に暴力が横行していたことは間違いなさそう。だからといって、殴ったカポや職長が懲役刑になるのが正しいのかどうか。

 

 

ポーランド人が罰せられることに対するボーランド軍中尉からの批判

 

vivanon_sentenceこれについてはメディスラフ・ブルガラフ(Medislaw Burgraf/読みがわからず、適当です)の裁判で、Jedrzejowicz(もはや適当でも読めない)が、冒頭でStarostka、Polanski、Koper、Ostrowski、Burgraf、Aurdziegの6名のポーランド人を擁護する主張をしています。Jedrzejowiczはポーランド軍の中尉で、フルネームもわからず、ベルゲン裁判での役割もわからないのですが、ここでははっきりとポーランド人被告たちの弁護をしています。

彼は「ポーランド人被告たちは戦争の犠牲者である。ポーランドがドイツに支配されて以降、大規模な地下活動があった。そのため、ゲシュタポに捕まり、多くのポーランド人たちは亡くなった。被告のポーランド人たちは暴行自体は認めているが、それは自分らの責任を果たしたに過ぎない。ポーランド人はマイナーな分野で低い地位しかなかった。彼らに対する証言は一貫性がない。対して、それらを否定する証言が多数ある。にもかかわらず、裁判所はそれをチェックしていない」(大要)と指摘して、擁護するとともに裁判手続きに対する疑義、抵抗運動を軽視する姿勢に対する疑義を述べています。

はっきりと主張していないために気づきにくいのですが、ポーランド人の被告は方法や程度は違えども、全員がナチスに対して抵抗した人々のようです。

メディスラフ・ブルガラフは、その背景をまったく説明していないですが、1940年8月5日に逮捕されていて、これもおそらく抵抗運動が原因でしょう。刑務所に入れられたあと、強制収容所に送られます。彼はカポではなく、職制としての責任者で、そのためにルール違反に対して暴行したことは認めていますし、その中には死んだのもいたことも認めながら、その人物が亡くなったのは暴行のためではなく、そのあと病気で亡くなったのだと言ってます。

彼は懲役5年の判決を受け、3年程度で出獄。暴行を認めていたにもかかわらず、懲役5年で済んだのはJedrzejowicz中尉の弁護が少しは考慮されたのかと思わないではないですが、ナチスに対する抵抗運動をしたことで強制収容所に入れられ、職務を果たすために懲役5年はあまりに重くて、「どうして収容されたのか」について、ユダヤ人以外はまったく考慮されなかったとしか思えません。

Medislaw Burgraf

 

 

ユダヤ人もベルゼン裁判の被告に

 

vivanon_sentenceしかし、ユダヤ人も被告になっています。これが全然わからない。

 

 

 

next_vivanon

(残り 2337文字/全文: 4421文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

会員の方は、ログインしてください。

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ