松沢呉一のビバノン・ライフ

反ナチス活動家にしてゲシュタポのスパイだったヘレナ・コペル—収容所内の愛と性[11]-(松沢呉一)

なぜユダヤ人まで被告になったのか—収容所内の愛と性[10]」の続きです。

 

 

クビにされた逆恨みで証言する収容者

 

vivanon_sentence裁判資料を読んでいて、気づいたことがあります。取り調べに当たった英軍将校たちは、ドイツ軍については詳しいでしょうが、収容所については、今の我々ほどにも知識がないところから始まっているはずです。『ナチス強制収容所のすべて』なんて本は出ていないわけで。

そのため、取り調べをしながら理解を進めていくしかない。ポーランド兵だったウラジスラフ・オストロフスキがカポだった可能性は、経歴に照らせば限りなく低いことは私だってわかるわけですが、英軍将校たちはカポがどういう条件で任命されたのかもわからず、ポーランド人がカポになることは珍しかったことに、その段階では気づいていなかったのではないか。

私もなおよくはわかっていないのですが、カポと、担当する労働の職長とは別で、これが混同されていたふしがあります。被告の証言を見ても、職長はその役割上、暴行することはあったので、とくに区別する必要はないのかもしれないですが。

証言者を聴取し、知識があればおかしいと気づいて、その場で聞き直すことができるのに、言語的なギャップもあって、英語で取り調べをして、十分理解ができたとは思えず、おかしいことに気づけないまま、裁判で被告に当てて、そこで弁明させる。その時にはすでに流れができていて覆すことは苦労します。

それでもあまりにおかしな証言は、内容が重要でも採用されないことはありました。

親衛隊のカール・エガーズドルフ(Karl Egersdorf)は台所担当だったのですが、ドラ(Dora Almaleh)という女の収容者が、彼がハンガリー人の収容者を射ち殺すのを目撃したと証言。カール・エガーズドルフはそれを否定して「彼女(ドラ)は働かないのでクビにした」と言っています。収容者にとって台所の担当は、食べものをくすねられる機会があったため に人気があって、クビにされたのを逆恨みしたようです。

カール・エガーズドルフは無罪ですので、この言い分が認められたと思われます。他のケースと照らすと、射殺したのであればさすがに無罪はないでしょう。

カール・エガーズドルフは元カトリック人民党の党員です。地下活動は評価されなかった一方で、こちらの経歴は考慮されたのではないかと思わないではない。親衛隊に徴兵されたとあるのですが、国軍と違い、親衛隊に入ってないと徴兵されないのではなかろうか(確証はない)。ナチス支持のカトリックもそりゃいたでしょう。

Karl Egersdorf

 

 

ゲシュタポのスパイ、ヘレナ・コペル

 

vivanon_sentence「被告の言葉はどこまで信用できるのか」とともに「被告の犯罪を証言する収容者の言葉はどこまで信用できるのか」のふたつのテーマを一人で体現している場合があります。容疑をかけられながら、同時に他の人の容疑を証言している。

とくにヘレナ・コペル(Helena Koper)が顕著です。彼女は1910年生まれのポーランド人であり、子どもがいる既婚者です。

1940年6月24日に、反ナチスのビラを持っていたことからゲシュタポに逮捕された政治犯です。なにしろ英軍はその部分をまったく評価しないことになっていたため、どういう活動をしていたのかは不明ですが、抵抗戦士であったことは間違いなさそうです。

クラクフで投獄され(これは刑務所のようです)、半年後にラーフェンスブリュック強制収容所に移され、1942年から1944年はアウシュヴィッツ強制収容所(ビルケナウ)、同年末からベルゲン・ベルゼン強制収容所に。

ここまで出てきたナチスに対する抵抗をやって収容された人たちについてはすべて私は同情的であり、もっと軽くてよかった、無罪でよかった、あるいは起訴さえされるべきではなかったと思っているのですが、ヘレナ・コペルだけは同情できません。彼女はゲシュタポのスパイだったのです。

 

 

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