ベルゼン裁判で起訴された人々の偏りを数字で確認する—収容所内の愛と性[15]-(松沢呉一)
「英軍将校にも裁判批判をした人はいた—収容所内の愛と性[14]」の続きです。
数字が物語る不公正な裁判
ここまで、ベルゼン裁判の被告のうち、12人の収容者を中心に見てきました。
記録はナチスが焼却してしまっているため、物理的な裏取りが難しい。時間が経っている容疑については、証言すべき人たちの多くが亡くなっています。通常であれば有罪にするには難しいケースでも、ここでは証人の言葉を唯一の根拠にして判決を出すしかなかったために、その中に紛れていた怪しい証言によって有罪になってしまった人たちがいそうです。
私が「ん?」と最初に思ったのはエリザベート・フォルケンラートの裁判記録だったのですが、彼女は看守の中で実権を持ち、虐待をしたとの証言も複数ありますからまだしもとして、下っ端の親衛隊員や看守で処刑され、その証言も怪しい例を見るにつけ、また、収容者の被告のほとんどが反ナチスの活動をしていたことを知るにつけ、そもそもの人選がおかしいことに気づきます。
では、数字でそれを確認していきましょう。
収容者で言えば6名がボーランド人で、ポーランド人の全員が反ナチスの活動で収容されています。また、1名はユダヤ系オーストリア人。2名は弾薬工場の勤務拒否。1名は共産主義者。1名はポーランド人と同居。一般の犯罪で捕まったドイツ人であるエーリッヒ・ゾッデルを除く11名全員が反ナチス的存在、反ナチス思想、反ナチス的行動が直接間接の理由となって収容されているのです。
なぜこうなったのかを探るために、改めてベルゲン・ベルゼン収容所から裁判までの経緯を確認します。
※A sign at the entrance to Belsen reading “Dust spreads typhus – 5 mph”. This restriction was to prevent the spread of dust carrying the lice which were infested with typhus. 英軍支配下になったベルゲンベルゼン収容所に掲げられたチフスの文字。
犠牲者を増大させたヒムラーの命令
ベルゲン・ベルゼン強制収容所は1943年に創設され、当初は連合国との捕虜交換のための一時収容施設でした。最後まで絶滅収容所ではありません。
そのため、赤軍捕虜が多かったのですが、翌年から、病人を収容する施設としての側面が強まって、他の収容所から病人や負傷者が送り込まれるようになります。
しかし、戦況の悪化から、治療はないに等しく、そのまま亡くなっていきます。腸チフスで亡くなった人が多い背景には、もともと病気だった収容者が多かったとの事情もあったよう。
また、同年には女性収容施設が拡充されて、アンネ・フランクが送り込まれて、腸チフスで亡くなっています。
こうして収容者が膨れ上がって、1944年後半に収容者が倍増して、7,000人だった収容者がこの年中には15,000人に。翌年にはドイツ軍の敗退とともに各地の強制収容所を撤退し、収容者はベルゲン・ベルゼン強制収容所に送り込むようにヒムラーが命令を出したため、死の行進が実行されて収容者は増加し続けます。このために収容施設は過密となり、食糧の確保ができなくなり、衛生環境も悪化して、腸チフスが蔓延し、連日人が死んでいく状態になります。
どうせもう戦争に負けることは確定していたのですから、収容者を残してナチスは敗走すればよかったのです。そうすれば無駄に収容者が死ぬことはなく、親衛隊だってスムーズに敗走できたでしょう。しかし、ヒムラーのせいで多数の収容者が亡くなり、親衛隊や看守の犯罪人を増やしました。
4月12日から翌日にかけてベルゲン・ベルゼンの親衛隊は多数逃亡し、4月15日、英軍が解放。この時に残っていたヨーゼフ・クラーマー所長(司令官)らは逮捕されています。
※Daily Mirror newspaper report. Dated: 28 June 1945 共同埋葬の作業によって親衛隊や看守が腸チフスで死亡したことを伝える記事。これも最後まで残った末端の親衛隊や看守です。マスクと手袋くらいはさせて、裁判を受けさせるべきだったと思うなあ。これによって被告の数が足りなくなって、収容者の被告を増やした可能性もなくはないわけで。
拙速だったベルゼン裁判
幹部の何人かは残って逮捕されましたが、第一次ベルゼン裁判での親衛隊の被告を見ると、逃亡した者たちは含まれておらず、大半が下っ端です。逃走した親衛隊員を捕まえる前に裁判は始まります。
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