松沢呉一のビバノン・ライフ

もう一人の毛皮の被告ヴェラ・サルヴェクアルト—収容所内の愛と性[24]-(松沢呉一)

二重スパイのレズビアンと空飛ぶ医師/カルメン・モリーとアン・スポリー—収容所内の愛と性[23]」の続きです。

 

 

 

毛皮を着たカポ

 

vivanon_sentenceカルメン・モリーは見た目がまた特徴的です。

「エッ」と思った人もいるかと思いますが、カルメン・モリーは裁判所に毛皮を着てきてます。これ、おかしくないですか。逮捕された直後と思われる写真でも同じ毛皮を着ているように見えます。その段階で誰かがすぐさま毛皮を差し入れたとは考えにくく、それまでにも収容所で着ていたのでしょう。

カポにはさして特権はなかったとスタニスラワ・スタロスカは証言していましたが、カルメン・モリーの写真を観る限り、特権がなかったとはとても言えない。収容所にもよるし、人にもよるのでしょうが、カポは毛皮を着ることまで許されていたらしい。

強制収容所に入れられる時に、自分で持ち込んだのかもしれないですけど、強制収容所内では女たちも縦縞の囚人服みたいなものであり、毛皮を持ち込むことはできなかったはずです。あるいは持ち込んだのではなく、「カナダ」からの流出品か。

おそらく彼女は相当にひどいことをやっていて、だから、収容所内でも目をつけられたのだろうことが推測できます。

現に収容所ではそうだったのだとしても、そのことを表示する毛皮をわざわざ裁判所に着てくる神経がわからない。「私はユダヤ人から毛皮を没収し、彼らを虐待して死に追いやり、そのことで少しも心は痛みませんことよ」と宣言しているに等しい。

現に男たちでそんな格好をしているのはいない。医師を含めて、親衛隊の男たちは軍服をふだんは着ていたはずですが、裁判所にそんなものを着てきたのもいません。そんな格好をしていたら、「死刑にしてくれ」と言っているようなもんでしょ。毛皮もそういうもの。

寒かったのかもしれないけれど、せめて手に持つとかすればいいものを、これで裁判官の心証を悪くしたのではないかと想像します。

ラーフェンスブリュック強制収容所

 

もう一人の毛皮の被告

 

vivanon_sentence毛皮で出廷した被告はもう一人います。

ラーフェンスブリッュク裁判の判決の様子を改めて動画で観ていただきましょう。

 

 

 

毛皮を着ているのはこの人です。

 

 

フェイクファーかもしれないですが、いずれにせよ、裁判所には似つかわしくない格好と思えます。

この写真に他の名前がついていることがありますが、カルメン・モリーの次であることから、この人はヴェラ・サルヴェクアルト(Vera Salvequart/この名前は日本語に置き換えられているものがネットになく、チェコ語の読みを調べてもけっこう難しくて、適当な表記)です。被告番号10番。

 

 

地下活動をしていたユダヤ人が恋人だった

 

vivanon_sentence彼女は1919年生まれのチェコ人です。ドイツに移り住み、ユダヤ人と関係をもっていて(おそらく恋人だった)、ゲシュタポに彼の居場所を教えることを拒否して強制収容所へ。

10ヶ月間収容所に入れられて釈放されますが、またもユダヤ人(同じ人物かどうか不明)との関係をもったために刑務所送りになります。2年間で釈放されますが、今度はユダヤ人の逃亡を手伝って逮捕され、ラーフェンスブリュック強制収容所へ。これは1944年12月のこと。この人も抵抗戦士だったのです。

 

 

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