松沢呉一のビバノン・ライフ

最大限のオシャレをして出廷した意味を探る—収容所内の愛と性[25]-(松沢呉一)

もう一人の毛皮の被告ヴェラ・サルヴェクアルト—収容所内の愛と性[24]」の続きです。

 

 

なぜ裁判所に派手な格好をしてきたのか

 

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今回から数回は余談みたいなものですが、重要な余談かもしれない。ナチスの親衛隊員たち、収容所の看守たち、さらには白バラ抵抗運動、ドイツ国民全体を結ぶ線についてです。

カルメン・モリーヴェラ・サルヴェクアルトが判決の場に毛皮を着てきていたことを見て、「どういう神経なんだ」と思わないではいられなかったのですが、「どういう神経なんだ」と思わないでいられない格好をした人たちは他にもいます。

イルゼ・コッホのこの写真。

 

Ilse Koch arrived in Augsberg, Germany, 10/17/49

 

日付は英軍から釈放された日です。顔は修正されているので、実際に笑顔だったかどうかはわからないですが、釈放された瞬間か、バイエルン州の管轄になって移送されてきたところではなかろうか。これからパーティに行くところにしか見えない。

どうやら彼女たちは、逮捕される時や裁判に出廷する時はハレの場ととらえるようなのです。こういう場面では、「みっともない格好はできない」という意識に留まらず、最大限オシャレをする。それ以外に解釈ができない。

ドイツの特性なのか、ヨーロッパ全体なのかわからないですが、それが根底にあるのだとすると、派手な格好をすることが、とくにマイナスには働かないのではなかろうか。でもなあ、一般の収容者では毛皮なんて着られたはずがないので、収容所から持ってきたものだとすると、裁判官は特権のあったかカポだと判断するでしょう。自分が不利になってもオシャレをするってことだったのか。ここはよくわからん。

もしそうであるなら、こういう写真を見て、「なんて図太い人間なんだ。やはりランプシェイドはこの女が作らせたに違いない。サディストだ」と決めつけるのは軽卒です。

これは被告だけでなく、イルマ・グレーゼの妹のヘレナ・グレーゼの写真を見てもそうです。姉が死刑になる可能性が高い時に、親族として証言をするのではあれば、裁判官に同情されるように地味で質素な格好をして、申し訳なさそうな表情をしてよさそうに思うのですが、これは私が日本人だからか?

 

 

イルゼ・コッホの髪型

 

vivanon_sentence上のイルゼ・コッホは髪の毛もセットしているように見えます。

以下のシュピーゲルの表紙は上と同じ時に撮られたものだと思われます。

 

1950年2月16日号

 

こちらも顔は相当修正していそうですけど、髪の毛をきれいにしています。

以下は逮捕されて間もない時期ではなかろうか。

 

Ilse Koch, “The Witch of Buchenwald”, sitting in a cell after her capture by Allied forces, April 1946 – Ralph Morse

 

逮捕時の写真に比べると、なにかしらの道具を使って髪の毛をカールさせたように見えます。服は地味ですが、サンダルがオシャレ。ここから貴婦人のような格好になっていくわけですが、新たに購入したのか、家から持って来させたのか。

おそらく警察や検察、刑務所も(拘置されていたのは刑務所です)、オシャレをすることまでは権利として認めるってことになっていたのではないか。収監者のために刑務所でも拘置所でも理容室、美容室はないと困るわけで、おそらくドイツでは、ここまでやってくれる美容室があったのだろうと推測できます。

 

 

 

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