松沢呉一のビバノン・ライフ

ユダヤ人女性収容者でも髪の毛を伸ばしていた—収容所内の愛と性[27]-(松沢呉一)

人を殺しながらも髪の毛の手入れは怠らないナチスの面々—収容所内の愛と性[26]」の続きです。

 

 

 

敗戦前のドイツ国民の服装と髪型

 

vivanon_sentence前回見た親衛隊や看守たちが自身の見た目に執着していた様を知ると、「なんてヤツらだ」と思ってしまうのですが、これはナチスに限らず、ドイツ全体の傾向かもしれない。

以下は「人の皮膚を使ったランプシェイドは謎だらけ—収容所内の愛と性[19]」で見た、ブーヘンヴァルトの強制見学の様子を伝えるシュピーゲルの記事から。

 

 

 

この写真を見て、「これは戦後なのか?」と思って、日付を確認してしまいました。ヒトラーもゲッベルスもまだ生きていて、戦闘が続いている地域では多数のドイツ人が死んでいて、これからさらなる犠牲を出すベルリン戦を迎えるところです。なのに格好がオシャレじゃないですか?

私の違和感がよりわかるように着色してみました。

 

 

あんまり着色がきれいじゃなかったですね。

同記事に埋め込まれていた動画から。

 

 

これは収容所に入る前の様子で、住民たちは笑顔でハイキング気分。戦争が終わっていないのに、この笑顔も不思議です。これを見る限り、住民たちはナチス支配が終わったことを喜んでいたように見えますが、敵国に対して変わり身が早すぎないか。

以下は強制収容所の現実を知ったあとのもの。

 

 

気絶したり、泣き出したり、気持ち悪くなったりする人たちが続出するシーンです。

これを観つつも私は服装や髪型が気になってしまいました。ブーヘンヴァルト収容所は解放されても、なお戦争中です。三つ編みやそのヴァージョンなんていやしない。皆、看守と同じなのです。中央にいるチリチリの人は三つ編みは難しかったとしても。モンペもいません。日本だけか、あれは。

それぞれにこぎれいな格好をしているように見えて、ハンドバッグを持っている人やアクセサリーを身につけている人もいます。

ドイツも食糧不足が深刻だったはずですが、服装までは貧しくしない。そういう矜持がありそうです。

ドイツ国民は全体主義を受け入れる素地があり、あの時期は全体主義を待望する条件が揃っていたと書きました。それと同時に最後まで個を守る姿勢があります。日本がなさすぎなのです。日本でもそれまで着ていた服があって、戦後、食糧不足の折りには農家に行って着物と野菜を交換したなんて話がよく書かれていて、着るものはあっても着なかったのですし、着られなかったのです。日本でそういった個の矜持を潰していったのは婦人団体でした。他はともあれ、ここだけはドイツを見習っていい。

 

 

解放後の収容者たち

 

vivanon_sentenceさらには収容者もそうなのです。ドイツ人、アーリア人以外は、髪の毛を切られました。女の場合は捕虜がほとんどいない分、強制収容所にはユダヤ人の収容者が多かったはずですが、解放後の写真を見ると、髪の毛が長い。

このことは「被告の半分近くが女だったのは「女はサディストだから」か?—収容所内の愛と性[16]」などで出した写真を見ていただいてもおわかりになりましょう。

以下はすべてベルゲン・ベルゼン収容所の解放直後のものです。

 

A woman inmate combs her hair while lying in bed in one of the wards at the hospital set up in Hohne Military Barracks nearby. Her child sleeps beside her with a toy on her pillow provided by the British Red Cross.(IWM Caption)

 

 

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