松沢呉一のビバノン・ライフ

全体主義者たちの「私」—収容所内の愛と性[29](最終回)-(松沢呉一)

法廷のタオルと白バラの髪型—収容所内の愛と性[28]」の続きです。

 

 

反ナチスの動きを作り出したもの

 

vivanon_sentence日本でも共産党のように戦争に抵抗した勢力はいましたし、兵隊として採用されないための工夫をしたとの話はよく聞きますが、ドイツほど広範囲に抵抗するさまざまな個人や集団はいなかったでしょう。特高が厳しく、密告が怖かったにせよ、これはドイツも同じ。管理する側が日本の方が巧みだったとは思えず、これは一人一人の問題なのだろうと思えます。

白バラのハンス・ショルがヒトラー・ユーゲントに疑問を抱いたきっかけは好きな音楽を否定されたことだったように、また、妹のゾフィー・ショルがドイツ女子同盟に疑問を抱いたきっかけは好きなハイネの詩を否定されたことだったように、個人の趣味と言える領域で自分の好きなものを否定されたことがあの行動の根源にあります。決してキリスト教の信仰を否定されたことではありませんでした。キリスト教を母体とする青年団体が弾圧されたこともここには関わってきますが、これも信仰そのものの否定ではありません。趣味の否定です。

もっとわかりやすいのはスウィングスです。自分らの好きな音楽やライフスタイルを守ろうとするところから反ナチスへの抵抗運動へと変質していきました。たかが音楽、たかがダンス、たかがファッションなのです。

おたくがアニメや漫画を否定されることに抵抗するのは当たり前であり、私はこれを批判しない。どんなに他人から見てくだらないもの、下劣なものであろうとも、それはその人にとっての存在そのものだったりします。むしろ他者の趣味嗜好を笑いながら、バカにしながら否定するような人々に全体主義を見ます。

同じことなら、自身の好きな表現だけでなく、他の表現にも目配りして欲しいものですが。

Survivors being dusted with DDT by a member of the British Army.

 

 

公の時間・私の時間、公の判断・私の判断

 

vivanon_sentenceナチスの全体主義と対抗したのは共産主義とともに、個人主義であり、私は個人主義に基づいた抵抗運動にこそ強い共感を抱いたことはここまで見てきた通りです。そこではしばしば全体主義と個人主義というふたつの軸でナチスドイツを見ることが多かったのですが、話はそう単純ではなくて、個人主義をああも否定したナチスの側にいる人たちも個人の視点は失っていなかったのだと思えます。個人主義とまでは言えないとしても、公と私を区分し、私を確保する感覚。

以下は以前にも取り上げたカール・ヘッカー(Karl-Friedrich Höcker)所有のアルバムにあった写真です。この場面はたしか動画もあったはずです。

 

Laughter lines the faces of camp staff as they prepare for a sing-song.

 

アウシュヴィッツの親衛隊員らと看守らが休暇をとって、リゾート地でリラックスしているところで、「こいつら、大量虐殺をしておいてよくもまあ」と怒りを覚えてしまうのですが、これは「私」の時間なのです。彼らはこういう時間を確保する。「私」までは譲り渡さない。

看守になっても髪型を譲らなかったように、親衛隊になっても自身の利益や信念のために組織を裏切ってユダヤ人を助けるのがいたこと、好きになった女とその親族を助けるのがいたこと、逃げられたはずなのに好きになった人のために収容所に戻るのがいたこともすべてエゴでありつつ、抵抗でした。

あるいは音楽が好きだったマリア・マンドルが女子オーケストラを結成したこと、ユダヤ音楽が好きで、夜中にこっそりとオーケストラのところにやってきてユダヤ音楽を聴きに来る親衛隊員がいたこと(それがバレて前線に送られた)、メンゲレが収容者のオーケストラのファンだったこともまたここに通じます。ゾッとするものがありつつも、ここには個の領域があります。

日本軍でも自殺したのは多数いたようですが、軍隊から逃亡したのはドイツ兵の方が多かったのではなかろうか。ショル兄妹の弟であるヴェルナー・ショルもおそらく逃亡です。地理的環境とそこで培われた感覚が逃亡を容易にしたとの側面もありましょうが、同時に「私」のために集団に背くことを容易にした文化的背景もあるのだろうと思います。

 

 

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