松沢呉一のビバノン・ライフ

刑法175条における「わいせつなぜ悪い」論—そろそろ刑法174条(公然わいせつ)と175条(わいせつ物頒布)を見直しませんか?[22]-(松沢呉一)

三崎書房裁判・バイロス画集事件における芸術性をめぐる議論—そろそろ刑法174条(公然わいせつ)と175条(わいせつ物頒布)を見直しませんか?[21]」の続きです。

 

 

 

荻昌弘のワイセツ論

 

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ここまでに述べてきたように、刑法174条の範囲においてわいせつが存在していることを否定する人はほとんどいないかと思います。公道や電車の中でセックスしたり、フェラチオしたり、性器を出してオナニーすることが容認できるのか否かという話。

では、そちらでは疑いなくわいせつが成立するのに、絵画、小説、映画、写真などでは「わいせつは成立しない」という主張がなされるのはなぜか。

刑法175条では「わいせつで何が悪い」と主張し、刑法174条では「文脈で決定する」とふたつの論理を法で区分する考えは、古くからあります。

以下は日活ポルノ裁判での弁護側証人である映画評論家・荻昌弘への尋問です。前後を切りにくいのでちょっと長くなりますが、荻昌弘の猥褻観がよく出ていようかと思います。

 

 

弁護人 本件映画はワイセツで摘発されたのだが、洋画の大胆な性表現と比べて相違があるか。

荻 諸外国、特に欧米と日活ポルノとは相違がある。

弁護人 欧米の性表現がそうなっていったのはなぜか。

 民族的、宗教的な固有性だ。どっちの方向に進んで行くかといえば、性描写を閉鎖する方向でなく開放する方向、開放は人間の開放につながるのだと思われるようになった。

弁護人 本件の場合の、ワイセツということはどういうことか。

 私はワイセツの概念は認める。現実の性行為、現実のセックスの姿を見たときワイセツ感を感じる。現実の性の姿勢に関して人間のみじめな姿を見たというときだ。それが映像とか文字とか、つくり手の主観で処理された時、ワイセツという概念は消えるものだ。「牝猫の匂い」の中の満員電車のシーンは、実際の行為ではワイセツになる。しかし人間はそういう行為をしうるものだということで、映像化、文字化されたときワイセツという概念はすでに消える。どういう場面にワイセツ感がおこり、あるいはおこらないかは千差万別である。個人的にいえばワイセツは自分のなかにあるみじめさである。せいの充実は当然の喜びであり、人間のとつとめ、性の正しい発現、迫力のある発現にはワイセツ感は感じない。

弁護人 証人と他人とはワイセツ感は同じではないのだね。

 もちろん違う。幼い時から性行為を閉鎖的、密室的にされた育った人は性表現を見てびっくりするが、それはワイセツ感ではなくショックなのだ。

弁護人 そのショックは、自分の育ち方と違うのを見せられたということからくる、いわば道徳なのか。

 性表現、性描写を繰り返し見ていれば、ショックは失せていくものだ。

弁護人 ショックが失せていくということは、オープンにすることで、できることなのか。

 そうだ。オープンな態度で論じ合うことは、実際の性生活の態度にも影響する。

弁護人 映画などでは、規制をするということではない、ということか。

 作る、頒布、公開の方法など規制はあるが、あらゆる性表現を含んだものは、作って、世の中に公開するのは自由だ。どういう市民に、どういう形で魅せるかは別の話だ。

(略)

 映像、文字は現実ではない。そういうものについて描写の差別をつけるべきでない。受け取り手の個人差、作り手の才能によって違うものだ。芸術的に高いから、低いからという規制はつけられるものではない。

 

 

わいせつは生身のセックスに生じる。対して表現物はわいせつではない」という主張を読み取れます。全裸でセックスをしている人の写真を公道の看板に出していいのかどうかという問題もありますが、これは「公開の方法」になるので、また別基準ということになります。刑法175条を撤廃した時には、公開方法についての法律を作るか、別の法律に盛り込めばいい。

※摘発された日活ロマンポルノのうちの一本「OL日記 牝猫の匂い」のポスター。主演は山科ゆり

 

 

刑法175条が不当である三つの理由

 

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これも高円寺パンディットで行なわれた第一回「わいせつ表現規制を考える」で話したことですが、「なぜ刑法175条は不当か」の理由は、大きく三点に集約されようかと思います。

 

 

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