松沢呉一のビバノン・ライフ

アファーマティブ・アクションの評価—田嶋陽子著『愛という名の支配』を褒めたり貶したり貶したり[4]-(松沢呉一)

奴隷船の比喩が有効だった時代と無効になった現在—田嶋陽子著『愛という名の支配』を褒めたり貶したり貶したり[3]」の続きです。

 

 

 

なぜ奴隷船という比喩にこだわるのか

 

vivanon_sentence通常、「ビバノン」で「奴隷」と言うと、マゾのことです。とくに店を離れて女王様が個人調教をしているような関係を指し、「彼は××女王様の奴隷だ」といったように使います。「エプロン奴隷」という言葉もあります。この辺の用語については『マゾヒストたち』を参照のこと。これは特殊な人々のファンタジー世界での用語であることは容易に理解できましょう。

また、「オレは会社の奴隷だ」と自嘲するようなことも多々ありますが、経営者が社員に対して、「おまえらは奴隷だ」と言ったら大問題。そうは言わなくても、役員たちが社員を鞭で叩くような会社があったら大問題。

言葉を使っていい局面、使ってはならない局面というのがあって、100年前の話として使うのはいいとして、また、個別にはそう言って差し支えないような関係がなおあるとして、今現在の社会における男女の関係総体を論ずる場に、奴隷だの、奴隷船だのといった比喩を持ち込むのはもうやめた方がいいんじゃないですかね。100年前の幻影と闘っているフェミニストに、今現在の厄介なテーマは解決できるはずがありません。

そんなことをしているから、「田嶋論では日本には女性差別が存在しないことになる—田嶋陽子著『愛という名の支配』を褒めたり貶したり貶したり[2]」で確認した数値が表す今の日本社会の現実を正確に把握することを避け、前回見たような現実の解消をも避けるのです。

この構図はある種の人々にとって楽なのだと思います。船艙で働かされる奴隷は、ただもう自分たちの環境に不平を言っていればよく、自分たちの責任などない。すべては支配者が悪いのです。

現実には数値が明らかにしているように、この社会は男女がともに作り出していると見た方がいい。経営者、政治家、医師、弁護士の女性率が低いのは、それらの職業に就こうとする意思が欠落しているためであり、そこで無理をしなくても女は楽しく、幸福なのだと考える女たちが多いことを踏まえて格差の是正を図るしかない。

しかし、その現実を見たくない人たちがいて、こういう人たちが100年前の幻影にしがみつくのだと思います。

 

 

肯定できるアファーマティブ・アクションと肯定できないアファーマティブ・アクション

 

vivanon_sentence田嶋陽子はアファーマティブアクションを肯定しています。選挙について書いているのでなく、一般論として肯定しているのですが、おそらくクオータ制度も肯定するのではなかろうか。現実とかけ離れた奴隷船モデルから必然的に導き出される結論です。

おそらくそうであろうとは思えますが、田嶋陽子がどこまでどうアファーマティブ・アクションを肯定しているのか、『愛という名の支配』では読み取れないので、以下は、田嶋陽子に対する批判ではなく、クオータ制のようなタイプのアファーマティブ・アクションまでを肯定する人々に対する批判だと留保しておきます。

私は限定された条件でしかアファーマティブアクションを肯定できません。本来であれば入学できるだけの能力があり、その意思もあるのに、家が貧しくて入学金や学費が払えない生徒に対して、入学金や学費を免除するなり、奨学金を出すなりの方策はなされていい。不完全にせよ、高校でも大学でもなされていることです。ここでの絶対条件は能力と意思があることです。

受験生の彼なり彼女なりが医師になりたいとして、入学金免除や学費免除、奨学金の給付によってそれが実現するなら、本人が得をするだけでなく、社会が得をします。能力のある者がそれに見合った職業につくことは、社会全体の質を向上させます。

彼なり彼女なりが貧しい家庭に育ったことは医師という職業にとってはマイナスにはならず、患者にとってはむしろプラスに働くこともあるでしょう。ここではアファーマティブ・アクションのいい面が反映されています。

対して、「男女比を同じにするために成績が悪くても女子を優先的に医大に入れる」という方策に私は賛成できません。これでは理由と性別は違えど、東京医科大学と同じになってしまいます。内実が伴わないのです。

このことによって医師の質が落ちる可能性もありますから、社会の損失でもあります。医師の場合には国家試験というフィルターがあるので、質の悪いのは切り捨てられることが期待されるとは言え。

 

 

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