松沢呉一のビバノン・ライフ

田嶋論では日本には女性差別が存在しないことになる—田嶋陽子著『愛という名の支配』を褒めたり貶したり貶したり[2]-(松沢呉一)

再読して評価を変えざるを得なくなった—田嶋陽子著『愛という名の支配』を褒めたり貶したり貶したり[1]」の続きです。

 

 

 

「生まれ変わったら」から見える女性差別

 

vivanon_sentence

担当編集者には申しわけないですけど、否定的評価であっても取り上げられると買う人がいるってものです。私が批判することで10冊くらいは売れるかもしれない。ってことで担当編集者に納得していただいて、以下、田嶋陽子著『愛という名の支配』の問題点を具体的に見ていきます。

まずは「わかりやすすぎることの陥穽」の例を出します。

田嶋陽子は講談社版のあとがきでこんな数字を出してます。

 

 

「生まれ変わっても、また女性に」なりたいと願う女性の割合は、東アジア(日本、中国、韓国、台湾、香港)の女性たちのなかでも日本女性がいちばん高く、七割に達している。

男性への調査では「生まれ変わってもまた男に」が、日本、香港、韓国のいずれの国でも約九割を占めている。ということは、男性のほうが、女に生まれるより男に生まれるほうが得をする、すなわち女性差別があるほうが自分たちに有利だとよくわかっているということである。

 

 

この数字が女性差別の判断基準になるのか否かについてはここでは疑問を差し挟まず、田嶋陽子に従って、「生まれ変わったら、今の性がいいか、別の性がいいのか」の数字は女性差別を表す数字だとして話を進めます。

この調査は統計数理研究所によって5年に1度行なわれているものです。昨年調査分はネットでまだ公開されていないため、以下は2013年に実施された「日本人の国民性 第13次全国調査」の数字です。

 

 

 

ここでも数字は四捨五入すると7割と9割になりますが、講談社から最初の文庫が出た2003年は18%の差で、2013年では16%の差です。

日本における2013年の差別指数は16。ちなみに単行本が出た翌年である1993年の差別指数は23でした。

田嶋論で言えば、着実に女性差別は減じてきていることが読み取れます。1958年には「女に生まれ変わりたい」と答えた女は27%しかいなかったのが71%にもなっているのです。1958年以前であれば通用したかもしれない論は、今では通用しないであろうことも数字から読みとれます。

 

 

田嶋陽子が見ないふたつの数字

 

vivanon_sentence田嶋陽子はこの調査の他の項目も取り上げるべきでした。

 

 

2013年の時点で、男で「楽しみが多い」のは女と答えたのが27%、男と答えたのは47%、女で「楽しみが多い」のは男と答えたのは22%で、女と答えたのは62%です。男で「男の方が楽しみが多い」と答えた数字より、女で「女の方が楽しみが多い」と答えた数字の方が15%多いのです。

 

 

next_vivanon

(残り 1970文字/全文: 3168文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ

日本サッカーの全てがここに。【新登場】タグマ!サッカーパック