松沢呉一のビバノン・ライフ

美術モデルはわいせつか?—そろそろ刑法174条(公然わいせつ)と175条(わいせつ物頒布)を見直しませんか?[23]-(松沢呉一)

なぜ刑法175条においては「わいせつなぜ悪い」論が成立するのか—そろそろ刑法174条(公然わいせつ)と175条(わいせつ物頒布)を見直しませんか?[22]」の続きです。

 

 

 

美術モデルのきわどいライン

 

vivanon_sentenceアートの文脈は日本でもある程度機能しています。

第一回「わいせつ表現規制を考える」では「美術モデルと公然わいせつ」についても簡単に話しました。これについては「京都造形大学に対する訴訟」シリーズで詳しく説明したように思っていたのですが、あのシリーズはやる気をなくして途中で打ち切ったため、軽く触れただけだったみたい。「アート文脈とわいせつ」を考えるのに格好の素材なので、以下、美術モデルのわいせつ性について改めて検討しておきます。

「美術モデルは公然わいせつか?」と問えば、多くの人は「公然わいせつにはならないだろ」と答えるでしょう。そう感じさせているのがアートの文脈です。

実際のところは微妙なラインにある仕事だろうと思います。画家でも学校でも絵画教室でもにないのに美術モデルを呼ぶことはできないでしょうから(本当にそうなのかどうか知らないですが)、この点では法に抵触しないのですが、デッサンに参加する人数が多いと、公然わいせつになる可能性が出てきます。

繰り返しになりますが、「公然わいせつ」の要件である「不特定多数」は「不特定かつ多数」ではなく、「不特定または多数」です。

たとえば、ストリップ劇場に一人しか客がいなくても、その客に性器を見せると、公然わいせつでストリッパーは逮捕され得ます。その一人が仮に捜査員であってもおそらく立件は可能です。捜査員がそこにいるってことは、不特定多数がアプローチできる証拠ですから。

また、全員が知り合い、つまり特定の人しかいないパーティであっても、そこで全裸ダンスをしたら、その場にいる人の数が多いとこれに該当します。つねに同条件で線引きできるものではないでしょうが、「多数」は15人以上とされています。スペンサー・チュニックの撮影は「ど」のつくわいせつです。

対して、知り合いに声をかけて5対5くらいの乱交パーティをするのであれば公然わいせつにはなりません。この中の誰かが、チンコやマンコを出して皆の前でセックスまでしたとTwitterで書いても問題なし。

vintage photographs  モデルは男ですが、写真を撮っている人を入れて少なくとも21人はいるので、公然わいせつに該当しかねないと思います。そういえば先頃聞いた話によると、私の金玉デッサンに来ていた女子美の生徒さんで小説家になって現在も活躍している人がいるそうですよ。純文学系では評価が高いそうなのですが、私はそっち方面はさっぱりなので、名前を知らない作家でした。私の金玉や肛門が創作意欲を刺激したのだと思います。南智子もそうですが、女子美出身の物書きは多いですね。

 

 

15人以上が参加することも現にある

 

vivanon_sentence美大出身者に聞いたら、15人以上が参加するヌードデッサンも美大では行なわれていて、その場合は、ドアをしっかり閉めて貼紙をし、他の人から見えないように配慮するとのことです。

 

 

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