松沢呉一のビバノン・ライフ

林田亀太郎が娘に宛てた「嫁の心得」—女言葉の一世紀 149-(松沢呉一)

これは戦前の女流教育家である棚橋絢子嘉悦孝子嘉悦孝子に続いて、当時の嫁心得を紹介し、旧来の女の理想を女学校が実現しようとしていたことを見るために書いたのですが、うまく入れ込めずにボツにしました。いずれ出す機会があるだろうと思ったのですが、「女言葉の一世紀」自体、やめてしまったので、そのままになりました。2017年末に書いたものですが、2019年末に放出しておきます。

追記:さらに未公開のものを見ていたら、この回を出さなかった事情がわかりました。ここから女学校と「新しい女」とがどのように対立していったのかを見ていく流れになっていて、この辺についてはもう少し調べてからにしようと思って外していたんだと思います。ざっくりとした話はできていたので、このあと何本か出します。

 

 

嫁の十五箇条の心得

 

vivanon_sentence林田亀太郎という人物がいます。私は『芸者の研究』(1929)という本の著者としてこの人物を知っていたのですが、法制局の官僚から衆議院書記官長になった人物です。役人の時代から雑誌に多数寄稿する、ちょっとした有名人でした。

1901年(明治34)、自分の娘が結婚する時に、娘に教えた嫁の十五箇条の心得というものがあります。これぞ良妻賢母という内容ですし、女学校における「商業」「経済」とはなんであるのかがよくわかります。

その著書から転載します。

 

第一、女一たび嫁する時は、夫の家は即ち我家なり、我家の外に生家あるを思ふべからず。

第二、人は容貌の美醜よりも、心の美醜を第一とす、容貌に於て、既に劣る者若し心に於ても亦劣らんか、何を以てか立たんや、汝は他人より一層注意を加へて婦たるもの道を恪守(かくしゅ)し夫に仕ふべし。

第三、夫は一家の主長なり、故に言語挙作に於て之を敬重すべきは勿論、何事たりとも、決して其命令に背くべからず、夫にして若し諌むべきものあらば徐々すべし、決して争ふべからず。

第四、夫が夫たるの道を尽さざるも、妻は妻たるの道を怠るべからず。
妻一意専心妻たるの道を尽すときは、神人茲に感応して終には夫をして良夫たらしむべし。夫の夫たらざるは、多くの妻たる道を尽さざるに因るなり。

第五、夫に対して寸毫の秘密あるべからず、交友然り信書然り。

第六、嫉妬は奈何(いか)なる場合たりとも之を慎むべし。

第七、夫の許可なく、又其の命令に依らずして、決して外出すべからず。

第八、家の経済は妻の最も重要なる務なり、夫の指揮に依り其月収以内に於て、家政の予算を立てて収支必ず予算に拠るべし。
奢侈は移り易し戒むべし、身分相当と云ふ事を忘るべからず。
負債は桎梏なり、負債ある者は自由の民にあらず、妻の贅沢又は不取締よりして、負債を生じ為めに有為の夫をして、終身驥足(きそく)を展すを得ざらしむるの例少しとせず、日々の買物は必ず現金を以てすべし、而して此余裕は相当の銀行に預け入れ、又は郵便貯金とし以て不時に備ふべし。此の貯金萬止むを得ざる場合の外決して使用すべからず、而して家政より節倹貯蓄したものは私財にあらざれば之を使用するときは夫の許可を経べし。
奈何なる事情ありとも、決して生家より何等の補助を要望すべからず。

第九、夫をして内顧の患なく、十分に其の天賦の才能を発揮さしむるもの義務なり、忠孝の道を全くするの基なり。

第十、恚怒(けいど)は我儘より生ず、抑制する所なからんか、不平不満の心自ら顕はれて夫の機嫌を損すべし。我儘は夫ある身に取りては絶対的の禁物なり。

第十一、妻は一家の衛生上の監督官なり、朝夕食事の選択及び塩梅一々夫の嗜好に依るべし。
内外の洒掃(しゃそう)に一点の懈怠(けたい)を許さず。夫たるものをして、汚染破綻した衣服を纏はしむるは妻の恥辱なり。

第十二、舅姑其他の尊長に対しては、夫に対する以上の敬意を表すべき。婢僕(ひぼく)に対しては、同胞の子弟に対すると同様の慈愛を以て之に接すべし。

第十三、家事の閑には修身及家政に関する書を読むべし、稗史小説の如きは夫と共にする場合の外決して之を繙(ひもと)くべからず。

第十四、芝居寄席の類の如きは夫と同行する場合の外断然之に臨むべからず。

第十五、育英及慈善事業は甚だ善し、然れども其の身分と財産とに相応するを要す、決して虚名を衒ふの譏(そしり)を受くべからず。

 

——林田亀太郎述『人生放語』(大正四年)より

 

 

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