松沢呉一のビバノン・ライフ

同情に値するのは堀保子だけ—宗教的偽善者・神近市子を評価する田嶋陽子[中]-(松沢呉一)

大杉栄を殺そうとしたことが痛快だとさ—宗教的偽善者・神近市子を評価する田嶋陽子[上]」の続きです。

 

 

 

どこがどう女性蔑視か

 

vivanon_sentence続いて、文春オンライン「フェミニズムの“パイオニア” 田嶋陽子さんインタビューより「社会主義だなんだと言ったって、すごく女性蔑視じゃないかと共感したんです」の部分。

大杉栄は社会主義ではなく、無政府主義ですが、無政府主義は社会主義と無縁ではなく、無政府主義も社会主義にくくられることがあるので、この言葉遣いはいいとして、「すごく女性蔑視じゃないかと共感した」の部分も理解できない。

平塚らいてうは、それが成立する文化圏もあり得るとしながらも、当時の日本では大杉栄らの自由恋愛は不可能であったとして批判しています。そのスタンスからの批判は理解できるし、私も「あのやり方は杜撰すぎる」と思います。これは「大杉栄らの自由恋愛と平塚らいてうらの自由恋愛—伊藤野枝と神近市子[付録編 3]」に書いた通り。

よって、「軽卒だった」という批判は私も共有できますが、これは女性蔑視とは無関係。

平塚らいてうは大杉栄の自由恋愛を一夫多妻に等しいと批判してますが、あくまでそれは結果であって、仮に3人の女たちの誰かが他の男とセックスしたところで大杉栄はそれをとがめることはなかったでしょうから、公平なルールであり、誰もが複数の相手としていいのであれば、一夫多妻制ではない。多夫多妻制です。

大杉栄があのような3カ条のルールを持ち出したのは、堀保子、伊藤野枝、神近市子との関係が成立してしまって、「これでは単なる女たらしに見られてしまう」と思って、そうではないことを明示するためだったのだろうと思えます。もともと制度にとらわれない自由恋愛を支持していたのですから、後付けではあれ、自身の主張との矛盾はない。また、それを明文化することの計算もあったでしょう。

結局のところ、平塚らいてうは、既存の結婚制度を否定したのみで、一夫一婦の結婚を否定したのではなく、むしろそこへの執着が強かった人です。奥村博史との愛の生活のために、「青鞜」も半ば放り投げる形で伊藤野枝に譲ったのであって、その立場からすると、1対3の関係は「変態」です(この場合の「変態」は「常態に非ず」という意味で、マゾヒストたちの「変態」とは意味が違います)。平塚らいてうに比すれば道徳的男女関係から自由でいた与謝野晶子も同様で、この関係は「異常」と言ってます。

大杉栄はこの一夫一婦という制度にも疑問を持っていただけのことで、具体例を挙げたように、このような主張をしていたのは大杉栄だけではありません。

 

 

大杉栄が避妊をしていた可能性

 

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ただし、社会的な叩かれ方は男女で違っていて、そこに不公平さはありました。実際にはやっていたのだとしても、大杉栄にそのことを言えば書かれてしまうので、やるとしてもこっそりやるしかない。

この不公平は大杉栄の責任ではなく、社会の責任。男はいいとして、女のみに貞操が強いられる道徳を打破せんとしていたのが大杉栄であり、「新しい女」のはずなのです。

もうひとつ不公平なのは、妊娠です。妊娠した場合の保証は何もないのですから、子どもは女が育てるしかない。だから、マリー・ストープスは自由恋愛と産児制限をパックにしていたのです。

実際に大杉栄はどうしていたのかわからないですが、海外の潮流も原書を読んで取り入れいた大杉栄が欧米での産児制限運動の高まりを知らなかったはずはなく、その方法も知っていたでしょう。また、伊藤野枝も避妊に肯定的でした。

この頃には検閲が厳しくなって、すでに避妊について具体的には書けなくなってましたから、これについての記述は探しても出てこないでしょうが、コンドームは日本ではまださほど普及していなかったはずですから、詰め紙だったのか、膣外射精だったのか、なにかしらの避妊をしていたのではなかろうか。事実、この四角関係が続いている時には誰も妊娠していません。

1916年(大正5年)11月に「日蔭茶屋事件」が起き、神近市子は逮捕され入獄、堀保子とは離婚し、翌年9月に大杉との長女の魔子を出産しています。大杉との子どもを妊娠したのは「日蔭茶屋事件」のあとです。以降は毎年のように子どもを産んでますから、あの時期は避妊していた可能性が十分にありそうです。

そうしていたのだとしても、完全な避妊はできなかったわけですが、それをもって女性蔑視と言ってしまうと、自由恋愛のすべてが破綻します。制度の保証がなく、保証は恋愛だけ。そんなもんは保証にならない。

 

 

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