松沢呉一のビバノン・ライフ

その時、マゾヒズムが舞い降りた—台風19号の被害でマゾになる[5](最終回)-(松沢呉一)

予定不調和のデアデビ・コマツ君—台風19号の被害でマゾになる[4]」の続きです。

 

 

辛すぎる作業

 

vivanon_sentence数百万の被害の場合はアバウトでよく、チェックもアバウトになるのに対して、少額になると面倒が増えるのは合理的とも、非合理とも言えますが、値段もバラバラなので、そうするしかないと決めて、1冊1冊書き出し、写真も一冊一冊撮ることにしました。

期限が二週間しかなく、面倒だなあと思っているうちに期限が迫ってきたので、奮起してトランクルームに行きました。まずは段ボール箱をすべて外に出しました。これがまた意外なことに、一番奥まですべて濡れてました。一番下の箱だけですが、全10箱が被害に遭ってました。

隣のトランクルームまで浸水していたのかもしれない。

一番奥の箱だと下から2冊目か3冊目まででしたが、なお湿っています。湿っているだけでシミがついておらず、皺もついていないものは写真に撮ってもわからない。乾いた時に皺ができるかもしれないですが、もうそれはいいとして、写真に撮れるものを選別。

1冊1冊写真に撮って、状態を書き出したのですが、この作業が辛い。トランクルームは窓がない。音もしない。落ち着く空間とも言えるのですが、私は雑然としたところの方が落ち着くので、長い間いられない。しかも、タバコも吸えない。

なにより作業自体が辛い。読んだものはそれ相応の思いがあって、その思いが汚されたことをひとつひとつ確認していく作業です。「こんなん、持っていたっけな」というものもあって、これから読む未来を汚されたことを確認していきます。

1時間ほど作業をすると、外の空気を吸いに行き、スーパーやコンビニに行っては今買わなくてもいいものを買い、飲み物も買って、近くにある公園の喫煙所に行って自分をねぎらいます。

※とくに被害が重度だった本のひとつ。本全体がこの段階でも濡れていて、シミもひどい。この本は買った記憶がまったくなかったのですが、ナチスの収容所で売春をしていた少女の話。全体が膨らんでしまってひどい状態ですが、乾いたら読もうと思います。本は保存性がいいとは言え、水にはあまりに弱い。火にも弱いし。それでも読めはするので、電磁的記録物に比すと安全とも言えます。

 

たびたびの休憩

 

vivanon_sentence喫煙所にいた学生っぽい男ら4人が「バーニラバニラ、バーニラ」と求人のアドカーが流している曲を歌ってます。あれ、つい歌っちゃうんだよな。

「バニラって水商売の求人だっけ?」

「そうそう。キャバクラとかだろ」

「いや、エロいのもあるよ。後ろから読んでよ」

「ラニバ」

「いや、アルファベットで」

「ア・リ・ナ・ヴか」

「アリナヴだね」

vanillaですからアリナヴだと私も頭の中で読みました。

そのことを言い出したヤツが自信満々でこう言いました。

「“ありなAV”だよ」

「深読みだよ」

普通に読めば、「ありんAV」「ありなV」ですから、深読みだと私も思いましたが、逆読みして意味を探すことには関心しました。

そんな休憩を何度も入れているためでもあるのですが、あと少しのところで、「もう無理」になりまして、5時間ほどでこの日はギブアップしました。

※ちょっと前に出てきた野村秋介の本も他の本と合体。横に積んだ時にズレていたので、ズレたままくっついてます。剥がして表紙が破れたものもあるので、簡単には剥がせない。水吹きでもう一度濡らすか、ドライヤーで温めて剥がすとうまくいくかもしれない。

 

 

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