松沢呉一のビバノン・ライフ

所詮フェミニスト・タレントでしかなかった—宗教的偽善者・神近市子を評価する田嶋陽子[下]-(松沢呉一)

同情に値するのは堀保子だけ—宗教的偽善者・神近市子を評価する田嶋陽子[中]」の続きです。

 

 

「日蔭茶屋事件」の説明を添削する

 

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文春オンライン「フェミニズムの“パイオニア” 田嶋陽子さんインタビュー」で、インタビュアは「日蔭茶屋事件」をこう説明しています。

 

いわゆる「日陰茶屋事件」ですね。神近から経済的援助を受けていた大杉が、伊藤野枝とも恋愛関係になったことで、神近が大杉を刺して重傷を負わせた。

 

この説明ははっきり間違いとまでは言えないですが、現実とズレた理解をする人が多いのではなかろうか。

以下は以前も確認したWikipediaの記述。

 

1916年、金銭援助をしていた愛人の大杉栄が、新しい愛人の伊藤野枝に心を移したことから神奈川県三浦郡葉山村(現在の葉山町)の日蔭茶屋で大杉を刺傷、殺人未遂で有罪となり一審で懲役4年を宣告されたが、控訴により2年に減刑されて同年服役した。裁判では市子は社会主義者ではないと弁明し、野枝に対する妬みを詳細に陳述した。(日蔭茶屋事件。)

 

こちらの方がまだ少しマシ。「野枝に対する妬みを詳細に陳述した」って部分があるため、神近市子の憎悪は大杉栄ではなく、伊藤野枝に向けられていたことが理解できます。殺したかったのも、大杉栄よりも伊藤野枝だと思われます。しかし、それが果たせず、大杉栄を殺そうとしました。

それが田嶋陽子は「痛快」だそうですよ。「日本の “フェミニストのパイオニア”は伊藤野枝を殺そうとした人物を支持し、殺人行為を痛快だと言っているんですよ」とボノに教えてやらなきゃ。

 

 

YouTube「U2 Ultra Violet (Light My Way) , Tokyo 2019-12-05 – U2gigs.com」より

 

 

「金銭援助」という言葉の問題

 

vivanon_sentenceこのWikipediaも「金銭援助」としていて、これだと今で言えば万単位、あるいは10万円を超えるような金額を毎月渡していたように思われそうですが、裁判で神近市子が出した金額は、トータルで50円、今で言えば10万円程度であり、大杉栄に請われたのではなく、自ら出しています。自身の優位性を誇示するためです。このことは憎き伊藤野枝にも金を貸したことではっきりします。

そういう関係であるがために金の貸し借りを避ける人も多いでしょうけど、恋愛関係、肉体関係にあれば、「その時に金を持っている側が出す」ってことはよくあって、とくに「借金」という意識がないこともあるでしょう。今でもデートに費やす食事代、飲み代、ホテル代等は男が出すことが多く、それが年間で10万円になったとして、「金銭援助」「経済援助」って言いますかね。別れる時にそれを持ち出しますかね。

今の時代なら、クラウドファンディングで出版費用と活動費を集められますが、大杉栄も伊藤野枝も「金がないなら借りればいい」「金がないならもらえばいい」という人たちですから、つねに金策に走り回ってました。神近市子の金は、神近市子の思いとは違って、彼らにとってはワンオブゼムです。そこは鈍すぎると思いはしますが。

金が事件のきっかけになっているので、このことに触れることはいいとして、「神近市子自ら金を渡していた」と表現した方が現実に近い。

また、この記述だと、あとから伊藤野枝がやってきたようですが、肉体関係まではなかったものの、神近市子の前に大杉栄と伊藤野枝は知り合っていて、なおかつ惹かれ合っていました。そのことがわかる文章を互いに書いてましたから、神近市子も知らないはずはない。

「肉体関係」とするならこれでもいいとして、「恋愛関係」であるなら、伊藤野枝が先です。さらに正確にするには、大杉栄には妻の堀保子がいたってことも入れたい。

どうしても長くなってしまいますが、より正確に添削すると以下。

 

いわゆる「日陰茶屋事件」ですね。妻・堀保子がいる大杉栄と恋愛関係にあった伊藤野枝との間に神近市子が入りこんで大杉と伊藤に金を出し、大杉と伊藤の関係が深まっていったため、金のことを神近が持ち出して、大杉が返すと言い出し、これですべては終わると察知した神近が大杉を殺そうとした。

 

相当印象が違いましょう。瀬戸内寂聴著『美は乱調にあり』でも、ここまではわかろうかと思います。

※『神近市子著作集』なんて出ているのですね。第一巻しか出ていないよう。全一巻本だったら、そう書くでしょうから、売れずに続巻が出なかったのでありましょうか。

 

 

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