松沢呉一のビバノン・ライフ

「極悪ヒトラー」「極悪ナチス」だけでは見誤る—ジャパニーズ・サフラジェットとナチスと包茎と田嶋陽子[2]-(松沢呉一)

ベーグム・ロキヤもルース・シェンキェヴィチ・マーサーも佐々木禎子もU2に教えられた—ジャパニーズ・サフラジェットとナチスと包茎と田嶋陽子[1]」の続きです。

 

 

 

どうしても読みたかった本

 

vivanon_sentence「これだけは読んでおかねばナチス・シリーズは終れない」と思っていたのはウェンディ・ロワー著『ヒトラーの娘たち—ホロコーストに加担したドイツ女性』です。

ヒトラー政権下で女たちがどういう役割をしていたのかを調べていく過程で、英文や独文では繰り返しこの本から引用しているのを見ました。

とくに女看守については、どれだけ凶暴であったのかが書かれたものは多数あっても、誇張された記述が多い中、この本は冷静にナチス政権下で女たちが担った役割を記述したものとして信頼が高いのです。しかも、看守のような見えやすい人たちではない人々にスポットを当てていることが特徴です。

英タイトルは「Hitler’s Furiesであり(このFuriesはたんなる怒りではなく、「凶暴な女たち」「凶悪な女神たち」といった意味)、「ヒトラーの娘たち」という邦題に直結しなかったため、調べても邦訳が出ていることに気づけず、書評を読んで、「これは私の問題意識にとって重要な意味がありそう」と察知しました。自動翻訳が主なのでいい加減な理解ですが、その読みは大きくは間違ってませんでした。

著者のウェンディ・ロワーはナチスやホロコーストを専門とする女の在独米人歴史学者です。性別はどうでもいいのですが、著者が男だと勘違いして、「男だからこういうことを言う」と属性で内容を否定するアホどもがいますから、明記しておくしかない。ウェンディはハンバーガーでもお馴染みの女性名ですが、女の歴史学者は少ないですから、無条件に男だと思う人がいるかもしれないですし。

この本は東部占領地域において、一般のドイツ人女性がホロコーストにどう関わったのかを調べたものです。いい視点であります。

Wendy Lower『Hitler’s Furies: German Women in the Nazi Killing Fields』 表紙に使われている人物はリーゼル・リーデル(Liesel Riedel)。馬車の中から銃でユダヤ人を多数殺害したと言われている。

 

 

『ヒトラーの娘たち』を読み始めたもうひとつの理由

 

vivanon_sentenceナチス関係から遠ざかったため、この本を読み出すのは億劫だったのですが、読むことを思い立ったのは花房観音著『好色入道』を読んで、「続けて悪の本を読むか」と思ったのと、香港がきっかけです。

香港における本土からの移住者は香港人(返還以前から香港に住む人たちの意味)から嫌われ、北京語を話すだけで香港人たちの態度が変わる。もっと露骨な差別もなされていて、プロテスターたちもしばしば「中国人は出ていけ」「中国人は中国に帰れ」と言い、そのような落書きも見ます。

日本では、これを排外主義と非難する人たちもいるのですが、だとすると、東部占領地域にドイツからやってきたドイツ人たちに「帰れ」と言うことも、満州にやってきた日本人に「帰れ」と言うことも排外主義になります。

もともと独立国だったのか否かという違いはあるにせよ、香港人たちの意識としては、本土から侵略者が乗り込んできたように見えるのはもっともです。侵略者に「帰れ」と言ってはいけないのか?

だから「出ていけ」「帰れ」と言っていいというのではなく、「〜人は出て行け」「〜は国に帰れ」は、排外主義という法則を簡単に当てはめることができるのだろうかとの疑問です。

 

 

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