松沢呉一のビバノン・ライフ

大量に安楽死させて懲役1年、多数の子どもらを惨殺して無罪—ジャパニーズ・サフラジェットとナチスと包茎と田嶋陽子[7]-(松沢呉一)

6人の子どもを射殺したエルナ・ペトリ—ジャパニーズ・サフラジェットとナチスと包茎と田嶋陽子[6]」の続きです。

 

 

 

T4作戦およびドイツ兵の安楽死を実行した看護師パウリーネ・クナイスラー

 

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ウェンディ・ロワー著『ヒトラーの娘たち』の主要登場人物13名のうち、戦後裁判にかけられたのは4名いて、うち1名は前回取り上げたエルナ・ペトリです。

続いて2人目はパウリーネ・クナイスラー(Pauline Kneissler)です。殺した人数は不明ですが、エルナ・ペトリの数百倍から数千倍に達しそうです。

パウリーネ・クナイスラーは、1900年にウクライナの民族ドイツ人の家庭に生まれ、ベルリンの精神病院で看護士として働き、1937年にナチスに入党してナチス関連の活動に積極的に参加します。

警察に召還され、安楽死法を実践する計画への参加を打診され、拒否できたようですが、その場にいた20人全員が同意しました。おそらく全員がナチスの党員だったのだろうと推測できます。これに合意した彼女らは秘密厳守と絶対服従を誓わされて、それに反すると処刑されるとの説明がなされました。

パウリーネ・クナイスラーの仕事はグラーネフェネックのガス室に移送する患者たちリストを各施設に送り届け、移送に付き添い、ガス室に送る前に注射器によって致死量の薬剤を打ち、その殺害を見届けることでした。彼女は5年間にわたりこの仕事に従事しました。

そのT4計画の指導をしていたのが帝国公衆衛生局のヴィクトール・ブラック(Viktor Brack)でした。彼はT4作戦以外でもホロコーストにおいて重要な役割を果たしており、それらの役割に比すと目立たないのですが、医師、看護師、技術者たちからなるグループを組織し、1941年と翌年の二回、東部戦線で任務を遂行しており、パウリーネ・クナイスラーもこのメンバーでした。

このグループの担った役割は未だ十分には明らかにされていないのですが、重傷を負ったドイツ兵や精神に異常を来したドイツ兵を安楽死させていたと見られています。障害者や精神病患者を抹殺していたナチスの方針とは合致していますが、さすがに自国兵を殺害していたとあっては志気が下がるため、このことは秘密にされ、医学界の汚点でもあるため、戦後に至るまで関与した者たちは秘密を守ろうとしました。パウリーネ・クナイスラーも法廷ではそれを否定しているのですが、友人には安楽死させていたことを打ち明けていたそうです。いくら秘密厳守でも、つい言っちゃうってもんです。

戦後、ヴィクトール・ブラックは絞首刑となり、パウリーネ・クナイスラーもT4作戦の実行者として逮捕され、4年の実刑判決を受けて、1年で釈放。

おそらく法廷での発言だと思われますが、彼女はこう弁明したそうです。

 

「安楽死を殺人だと考えたことはありません。—(中略)—私の人生は献身と自己犠牲でした。—(中略)—人に対して残酷だったことは決してありません。—(中略)—それなのに、このせいで、今、こんなに苦しまなければならないなんて」

 

犠牲者化。

彼女の存在は、いくつかの書物で取り上げられただけで、一般にはほとんど知られておらず、その後の消息もわかっていません。

パウリーネ・クナイスラーの写真は本書に出ておらず、ネットで検索しても見当たらない。ここに出したのはT4作戦のスタッフの写真らしい。この中にいるかもしれないし、いないかもしれないし。

 

 

ゲットーの子どもたちを殺害したヨハンナ・アルトファーター

 

vivanon_sentence戦後、裁判にかけられた3人のうちの2人目はヨハンナ・アルトファーター(Johanna Altvater)です。

1920年にドイツで生まれ、ドイツ女子同盟でナチスの女戦士となり、1941年、ナチス党員になって、自ら志願して東部へ。1942年、ウクライナのウラジミール・ボリンスキー地域で、ナチ党の地区指導者ヴィルヘルム・ヴェスターハイデ(Wilhelm Westerheide)の秘書になります。

彼女はなんの命令もなく、なんの義務も権限もないまま、1942年9月16日、単身、乗馬服を着て鞭をもってゲットーに入り、よちよち歩きの子どもの足を持って頭を壁に叩き付けて殺害しました。日付までがわかっているのは、戦後まで生き残ったこの子の父親がそのことを証言したためのようです。

 

 

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