松沢呉一のビバノン・ライフ

ウェンディ・ロワーの主張に対する疑問—ジャパニーズ・サフラジェットとナチスと包茎と田嶋陽子[12]-(松沢呉一)

母性はホロコースト関与を否定する根拠になりえない—ジャパニーズ・サフラジェットとナチスと包茎と田嶋陽子[11]」の続きです。

 

 

 

なぜ西ドイツでは女による殺人や幇助を裁かなかったのか

 

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戦後ドイツで起きた「女の犠牲者化」についてのウェンディ・ロワーの主張はおおむね納得できました。程度の違いはあれども、どこの国でも起き得ることなのだなあと。

はっきりと間違っているという話ではなく、考え方の違いに過ぎないとも言えますが、納得しにくい点もあります。

犠牲者化が警察、検察、裁判官に影響し、女の殺人者たちは取り調べられず、起訴されず、有罪にならなかった原因になっているというのがウェンディ・ロワーの主張ですが、そこまで言い切ることができるのかどうか。

 

ジェンダーに関するさまざまな先入観は、犯罪者の追及に始まり、これに続く尋問と最終的な量刑に至るまで、ありとあらゆる司法のプロセスに忍び込んでいた。

 

その根拠としてアンネ・フランクの事例や国による差を挙げています。

 

歴史学者は戦後のオーストリアと東西ドイツにおける捜査と裁判を比較し、女性被告人は少数派ではあったが、さまざまなカテゴリーの者がいたことを見出した。ドイツとオーストリアで最も起訴が多かった時期—すなわち、終戦直後の一〇年間—に、二六名の女性が医療施設と強制収容所で犯した罪のために死刑を宣告されている。一般の人々の高い関心を集めた一件の例外(アンネ・フランクとその家族をアウシュヴィッツへの移送リストに記載した親衛隊婦人警察官)を除けば、ドイツ人女性は戦後、ゲシュタポ事務所や東部占領地域の出張所でホロコーストの実行者として果たした役割について、追及されることはなかった。組織外で発生した暴力、たとえば私邸、農場、民間企業で強制労働者を残忍に扱った女性に対する訴訟はほんの一握りであった。大量射殺やゲットー一掃の際に殺人を犯した、あるいは殺人を幇助したとして起訴されたドイツ人女性は一〇人に満たなかった。告発を逃れようとした女性ナチ党員にとっては、ヨーロッパではドイツよりもオーストリアの方が安全であった。最も多くのドイツ人女性ナチ党員が、殺人罪または殺人の共犯者として裁判にかけられたのは東ドイツで、一九四五年から一九九〇年までに二二〇人の女性被告人が裁きを受けた。

 

死刑宣告された26名は占領軍によるものを含めているのだと思うのですが、東ドイツでのナチス追及は厳しくて、オートスリアがもっとも甘い。

アンネ・フランクの家族を移送リストに入れた婦人警察官を裁いたのは国際的な世論の後押しがあったための異例な措置ですが、ともあれ裁けたのだから、他のユダヤ人移送の決定、殺害の決定をした婦人警察官や秘書たちも全員裁けたはずであり、まして直接殺人に手を染めた秘書や妻たちは裁けたはず。西ドイツやオーストリアで厳しい追及がなされなかったのはジェンダー・バイアスだったというのがウェンディ・ロワーの見解です。

本書を一読した段階では、そこまでを含めて著者に同意しそうになっていたのですが、ここがちょっとひっかかるのです。

Annelies Marie “Anne” Frank and family enters the Achterhuis 

 

 

ウェンディ・ロワーの主張で納得できない点

 

vivanon_sentence私の最初のひっかかりは、ウェンディ・ロワーは占領軍による看守やカポに対する裁判に疑問を抱いていない点です。

そもそも看守やカポの裁判についてネットで疑問を書いている人は歴史修正主義者たちが主であって、疑問を抱いた私も肩身が狭い。

ウェンディ・ロワーが疑問を抱いていたとしても、この本の論旨からすると、そこに踏み込まない方がいいという判断をしたとしてもおかしくはないのですが、仮に看守やカポの裁判に問題がなかったのだとしても、秘書を同じように裁くのは無理があろうと思います。

ウェンディ・ロワーによると、ドイツ占領地域にドイツ国内から送り込まれた女性は数十万人に達していて、そのうち約二万人のドイツ人女性が逮捕されたとあります。

あくまでこれは逮捕された人々であり、その前に片っ端からドイツ人は赤軍に殺されていますし、捕まった人々は簡単な裁判で処刑され、ナチスに関与していた人たちは抑留されて、内陸部(シベリアか?)に抑留された人たちはほとんどドイツには戻れなかったそうです。

 

 

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