松沢呉一のビバノン・ライフ

戦争の思い出話は当てにならない—200回収容所から脱出したと語る元英軍兵(たぶん虚言)[中]-(松沢呉一)

写真の反転に気づく秋山理央とその被写体の謎—200回収容所から脱出したと語る元英軍兵(たぶん虚言)[上]」の続きです。

 

 

 

捕虜収容所をから200回脱出?

 

vivanon_sentenceホレス・グリーズリーにはもうひとつ大きなウソがあったと見られています。

テレグラフ紙にも、また、妻のインタビュー記事にも、彼は200回収容所から逃亡したとあります。これは彼の著書『Do the Birds Still Sing in Hell?』に書かれているようなのですが、この本は自身が書いたのではなく、口述筆記によりケン・スコット(Ken Scott)というゴースト・ライターがまとめたものです。

ケン・スコットが膨らませた可能性もあるのですが、妻が事実だと主張していますから、本人が語っていたのでしょう。

しかし、そんなことはありそうにない。たった1回の逃亡だってうまくいかないし、捕まったら高い確率で処刑です。

これについてはヒムラーとの写真とともに、歴史家はウソだと指摘。私もそう思います。勘違いは誰にでもあるにせよ、あれだけはっきりと写っている写真ですから、自分ではない人間を自分だと思い込むことはあまりないかと思います。あの写真で大きなウソをつく人であれば、他でもウソをついている可能性が高い。つまりは虚言癖の人物ではなかろうか。

企業のキャンペーンでああまで杜撰なパクリをやる勝海麻衣は他でもパクリをやっている可能性が高いのと一緒。つまりは病的なパクラー。

そのため、『Do the Birds Still Sing in Hell?』はまともな歴史家、専門家には相手にされいない本のようです。

ただ、ここで語られていることのすべてがウソだとしていいのかどうかは私には判断ができません。事実も少しは混じっているかも。

※「6人の子どもを射殺したエルナ・ペトリ—ジャパニーズ・サフラジェットとナチスと包茎と田嶋陽子[6]」に書いたように、管理のゆるい収容所もあったようですから、一切あり得ないとは言えないと思いますが。

 

 

「大脱走」の舞台となったスタラグ・ルフトIII

 

vivanon_sentenceホレス・グリーズリーは1918年生まれ。理髪師だった彼は第二次世界大戦の最初の徴兵で軍隊に入りますが、1940年5月、フランス北部でドイツ軍に捕らえられて収容所を移動させられ、その過程で多くの捕虜たちが倒れていきます。

彼はやがてドイツ(現ポーランド)のスタラグ・ルフトIII(Stalag Luft III)収容所に着きます。ここは連合軍の兵士を収容する捕虜専用収容所です。

絶滅収容所とまったく違い、ロシア兵の収容所とも違い、英米軍の捕虜収容所は格段に環境がよかったようです。人種的に抹殺の対象ではありませんから。

スタラグ・ルフトIIIは日本語版Wikipediaにも項目があって、これを読んで映画「大脱走」(the Great Escape)の舞台になった収容所だとわかりました。この記述が辞典たるWikipediaとは思えない面白さで、手に汗握りました。

 

 

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