オマンコを気持ちよくしてね—名刺の機微[上]-[ビバノン循環湯 551](松沢呉一)
今回と次回は「Ping」の連載など、いくつかの原稿を合体させたものです。
写真はニューオリンズのStoryvilleのもの。ジョセフ・ベロックが撮影していた売春エリアですが、これらの写真はジョセフ・ベロックが撮影したものではありません。着色しましたが、どういう理由からかあまりくっきりとは色がついておらず。
オマンコを気持ちよくしてね
馴染みのコのところに行った時のこと。ふとテーブルの上に名刺があるのに気づいた。風俗店の個室にあって当然の名刺だが、この名刺に記憶がないのである。彼女と知り合ったのは前の店だから、この名刺をもらっていないのはわかるが、前の名刺ももらっていないかもしれない。
「あれっ、オレって、レナちゃんの名刺をもらったことがないかも」
「あ、そうだっけ。もってく?」
「今更だけど、一応ね」
彼女は自分の名前をすでに書き込んである名刺を一枚取り出して、さらに何か書き込んでいる。
「名刺は欲しがる人にしか渡さないんだよね。だって、捨てる人がいるじゃん。私は相手が欲しいと言わないとあげないから、自分の名刺が捨てられているのを見たことがないけど、よく店の前に名刺が捨てられていて、かわいそうだから私は拾ってあげる。捨てるにしても駅のゴミ箱とかに捨ててくれればいいのに、店のすぐ前に捨てるのはひどいよ。ああいうのを見ると、フリーで来るようなお客さんはどうしても好きになれなくなる」
そう言って、名刺を私に渡した。
「松沢さん、いつもありがとう。またオマンコを気持ちよくしてね」という文字とハートマークがいっぱい書いてある。こんな風に馴染みになってからもらうことはないので、私の名前が書き込んである名刺は珍しい。「オマンコを気持ちよくしてね」と書いた名刺も珍しい。
エレベーターを降りたところで注意してみたら、灰皿の上に名刺が捨てられていた。このビルには彼女が働いている性感ヘルスと、韓国エステしか風俗店は入っておらず、手にとったら、やはり性感ヘルスの名刺だ。レナちゃんの名刺ではなかったが、私はそれを灰皿の下についているゴミ入れに捨て直した。
あとで捨てようと思ってポケットに入れておくと、うっかり家まで持って帰り、奥さんとの間にひと騒動起きかねないから、いち早く捨てたくなる気持ちはわかるのだが、だったら「女房がいるから、名刺はもって帰れない」とはっきり断わればいいだろうに、中には「独身だよ」なんて意味のないウソを言って、名刺を断れないのもいるんだろう。
また、店によっては「名刺を渡せ」と指導しているので、相手の事情を確認せずに名刺を無条件で渡すようにしている女のコもいるに違いなく、その時に断るのができない客もいるに違いない。
※このレナというのは、「悲しみのおっぱい」のコ。記憶が定かではないですが、レナというのはこの時に実際に店で使っていた名前じゃなかろうか。
二度と会いたくない客には名刺に別の女のコの名前を書く
埼玉のヘルスを取材した時のこと。相手をしてくれたエミリちゃんは実年齢二十七歳だが、ギャルのノリを色濃く残していて、はっきりとした性格。そういう性格のコによくあるように、客の好き嫌いが分かれそうだが、キャリアが長いので、しっかり客を溜めていて、この店の看板的な存在である。
取材で緊張するコもいるが、このコはキャリアも長く、取材慣れしているため、全然緊張している様子はなくて、むしろリラックスしすぎかもしれない。
シャワーを浴びながら、こんなことを言う。
「お客さんの側もそうかもしれないけど、私自身、お客さんの好き嫌いが激しいんですよ。イヤな客にははっきり“やめてください”“もう来ないでください”って言っちゃったりする」
「でも、そういう態度をされると、いよいよ気に入るのがいるからね。女のコに叱られたことなんかないから、特別な存在になってしまったりして」
そう私は話をつないだ。
「そうなんですよね」
「それはそれで客になってくれるんだから、いいんじゃないか」
「イヤですよ。こっちは二度と会いたくないのに」
「どうしたって、十人に一人は“生理的に受けつけない”ってことはあるよな」
「私の場合、十人に三人は生理的に受け付けない」
「多いな、また。まあ、十人中七人を気に入るならいいけどさ」
「その七人も気に入るわけではないですよ。許せる存在。正直なところ、指名してくれて、本当に嬉しい存在なんてほんの一部ですよ。こっちも仕事だから、十人中七人の人たちが指名してくれるのはいいけど、三人の人たちが指名してまた来るのは許せない。だから、露骨に素っ気なくする。それでも戻ってくるのがいるから、二度と会いたくない客には名刺に別の女のコの名前を書いて渡すんですよ」
これには笑った。
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