松沢呉一のビバノン・ライフ

「日本で生まれた」と「日本に生まれた」の違い—格助詞の使い分け(4)[ビバノン循環湯 562] (松沢呉一)

V6の「学校へ行こう!」が「学校に行こう!」ではなかった理由—格助詞の使い分け(3)」の続きです。

何年も前に書いたもので、冒頭の「昨日」はその当時の時制です。このあと、係助詞について悩んだ時期があって、だいたいはまとまっているのですが、いまなお国語学者の間でも議論が続いているテーマなので私ごときでは結論を出せない。これについてはもうしばらく寝かせて、十分に理解できたら出します。

今回の写真は品川区で撮ったものです。

 

 

 

日本人に格助詞の質問をしてはいけない

 

vivanon_sentence昨日は中国語講座だったのですが、中国語は語順が格助詞の代わりになるという内容。「は」と「が」の違いは中国語にもあって、「彼は校門の前で君を待っているよ」という内容と「彼が校門の前で君を待っているよ」という内容の違いは中国語では語順で区別が可能なわけです。

北京出身の講師はこう聞いてきました。

「場所を示す日本語の“に”と“で”はどう違うの? 今でもよくわからない」

やめろ、日本人に格助詞ついて質問をするな。たいていの日本人はなーんもわからずに使っていて、いざ考え始めると、結論が出るまでに三日三晩考えこむことになるんだから。半世紀も日本に住んでなお私だってわからないのに、北京語ネイティブが20年や30年日本に住んでいてもなおわからないのは当たり前。

場所や方向を示す「に」と「へ」の違いでも、何日も考えこんでしまいましたが、「に」と「で」も難問です。 「家にいる」「家で仕事をする」の両者をどうして「に」と「で」で使い分けているんだろ。

では、もっともわかりやすい例から始めましょう。

私は床に倒れる」と「私は床で倒れる」の違い。前者は倒れる方向を示していて、立っている状態から地面に向かって倒れていく様子までを表現しています。後者はただ単に行為の場所を示し、ベッドの上でも庭でもなく、床でその行為をすることを表現しています。場所を強調するがゆえに「他ではなく床」ってことまでを含んでいます。

私は神棚に祈る」だと神棚に向かっているのに対して、「私は神棚で祈る」だと、はしごを使って神棚に乗って祈っていることになります。これも方向と場所の違い。

 

 

「中野に行く」「中野で降りる」の違い

 

vivanon_sentence私は中野で降りる」「私は中野に行く」の違いも同じです。「で」は行為の地点を示し、「に」は行為の方向や目的地を示しています。「に」には移動の意味合いが入っている。

したがって、たった今新宿アルタ前にいて、そこから新宿駅に向かいつつ、「このあとどうするの?」「私は中野に行く」という会話はおかしくないのですが、伏線なく、その質問に対して「私は中野で降りる」と答えるのはちょっと不自然。行為の範囲が狭すぎるからです。

しかし、新宿から中央線に乗った電車の中にいる時に「私は中野で降りる」は自然。同じ状況で「私は中野に行く」はいくらか不自然になります。電車自体が中野に行くことは確定しているためでしょう。

その場合に、行く場所を具体的に示す場合は、「私は中野ブロードウェイに行く」となる。

私は中野で考える」「私は中野で買い物をする」と、「私は中野に向った」「私は中野に到着した」を比較すると、その違いがより明確になります。「私は中野で向かった」となると、中野に移動する意味が消え、中野という範囲で向うことになるので、たとえばこんな会話であれば成立する。

「いいか、朝の6時に太陽に向かって三度頭を下げるんだぞ」

「わかりました、私は中野で向かいます」

ものすごく無理やりな省略ですが、「中野で、太陽に向かって頭を下げる」という意味です。 ここまではわかりやすいのですが、「私は中野に縁がない」となると、また意味が違いそうです。この場合は物理的方向や目的地を示すわけではありません。ここは「縁」の方向を示しています。

私は中野に用がある」「私は中野で用がある」はどちらもおかしくないですが、ニュアンスが違って、前者は言葉の裏に「中野に行くこと」が含まれています。移動が含まれるわけです。新宿にいる時に「これからどうするの?」「オレは中野に用があるから、中央線だよ」という会話です。

この際に「中野で」と言ってもいいわけですが、今現在中野にいる場合は「中野で用がある」しか使えない。「オレは中野で用があるから、もう少しここにいるよ」といった用法。つまり、移動がない。そこにニュアンスの違いが生じてます。

 

 

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